日本の医療現場では、ジェネリック薬の使用が広く推奨されています。でも、すべての患者にジェネリックが適しているわけではありません。医師が処方医のオーバーライドを行使すれば、薬剤師はジェネリックに差し替えることができません。この仕組みは、命に関わる薬では、わずかな成分の違いでも重篤なリスクを招く可能性があるからです。
なぜジェネリックが差し替えられないのか
ジェネリック薬は、ブランド薬と同じ有効成分を持ち、同じ効果を発揮するとされています。でも、実際には、添加物(賦形剤)や製造方法の違いで、一部の患者に影響が出ることがあります。特に、治療窓が狭い薬では、その違いが致命的になることがあります。
例えば、ワルファリン(血液を固まりにくくする薬)は、血中濃度がわずかに変わっただけで、出血や血栓のリスクが急上昇します。フェニトイン(てんかんの薬)やレボチロキシン(甲状腺ホルモン)も同様です。これらの薬は、FDAの「治療等価性評価」(オレンジブック)で「A」評価を受けている場合でも、個々の患者に応じてブランド薬を継続する必要があるのです。
薬剤師は、法律上、ジェネリックへの差し替えが義務付けられている場合でも、医師が明確に「差し替え禁止」と指示すれば、絶対に従わなければなりません。これが処方医のオーバーライドです。
DAWコード:医師が伝える「差し替え禁止」の言葉
医師がジェネリック差し替えを拒否するには、単に「ブランド薬で」と書くだけでは足りません。国際的に使われるDAWコードという標準化された指示が必要です。
特に重要なのはDAW-1。これは「医師が差し替えを禁止」と明確に指示したことを意味します。このコードが処方箋に含まれていないと、薬剤師は法律上、ジェネリックに差し替える権利を持ってしまいます。
アメリカでは、DAW-1を記載する方法が州ごとに異なります。イリノイ州では「差し替え不可」のボックスにチェック、マサチューセッツ州では「差し替えしない」と手書き、オレゴン州では電子処方で明示すればOK。でも、日本ではこのような制度は存在しません。日本では、薬剤師が患者にジェネリックを勧めるのは一般的ですが、患者や医師が拒否すれば、その場でブランド薬が処方されます。法律的な「オーバーライド」の仕組みは、アメリカのように厳密に定義されていないのです。
医師が間違えやすい3つのポイント
多くの医師が、処方医のオーバーライドを正しく使えていません。調査では、58%の医師が自州のルールを正しく理解していません。
- ポイント1:「ジェネリックはダメ」と書くだけでは不十分。DAW-1や「差し替え禁止」の明確な記載が必要。
- ポイント2:電子処方システム(EHR)のテンプレートが州のルールと合っていない場合、システムが勝手にジェネリックを選択することがあります。医師が「これでOK」と思っても、薬局では「指示が不明」として差し替えが行われる。
- ポイント3:「患者がブランドを希望した」からと、DAW-2(患者希望)を誤って使ってしまう。これは医師の指示ではなく、患者の希望に基づくもの。保険がカバーしない可能性があります。
ある内科医は、レボチロキシンの処方で「ジェネリックでも大丈夫」と記載したところ、薬局で差し替えられ、患者が甲状腺クリーゼで入院しました。その医師は、自分が「差し替え可」と書いたつもりだったが、実際には「差し替え可」の記載がなく、薬局が自動的にジェネリックを処方したのです。
ジェネリック差し替えのコストとリスク
ジェネリック薬は、米国で2010年から2019年までに2.2兆ドルの医療費削減に貢献しました。でも、オーバーライドでブランド薬を継続すると、その薬の価格はジェネリックの32.7%高くなります。
問題は、その高いコストが必ずしも「医療的必要性」から来ているわけではないことです。研究では、18.4%のDAW-1指示が不適切と判定されています。つまり、ジェネリックでも十分な患者に、ブランド薬が処方されているのです。
特に、てんかん薬や抗うつ薬では、医師が「ジェネリックでは効かない」と思い込む傾向があります。しかし、FDAのデータでは、これらの薬のジェネリックも、臨床的に同等の効果を示すことが多数の研究で確認されています。
でも、患者が過去にジェネリックで体調を崩した経験があれば、その記憶はとても強いものです。医師は、その患者の体験を軽視せず、真正面から向き合う必要があります。
薬剤師と医師の連携が命を救う
処方医のオーバーライドは、医師一人の判断で決まるものではありません。薬剤師がその指示を正しく読み取り、システムに反映させなければ、意味がありません。
アメリカでは、薬局がDAW-1を誤って処理して、患者にジェネリックを渡してしまうケースが年間数千件あります。その多くは、手書き処方箋の文字が読みづらい、電子処方の選択肢が間違っている、保険会社が拒否したといった単純なミスです。
対策として、一部のクリニックでは、標準化されたオーバーライドテンプレートを導入しています。これにより、処方ミスが42%減ったという結果が出ています。
医師は、処方箋を書く前に、次の3つを確認しましょう:
- この薬は治療窓が狭いのか?(ワルファリン、フェニトイン、レボチロキシンなど)
- この患者は過去にジェネリックで不良反応を起こしたか?
- DAW-1を明確に記載したか?(手書きでも電子でも、言葉が明確であること)
今後の課題:標準化と教育
アメリカでは、2023年に「標準化処方医オーバーライド法」が議会に提出されました。これは、州ごとのルールの違いをなくし、全国一律の指示方法を導入しようというものです。
日本では、まだこのような法律的な枠組みは整っていません。でも、医療現場では、ジェネリックの適切な使用と、必要な場合のブランド薬の継続のバランスを取ることが、ますます重要になっています。
医師は、単に「ジェネリックは嫌だ」と言うのではなく、なぜその患者にブランド薬が必要なのかを、明確に説明できるようになる必要があります。薬剤師も、その理由を理解し、患者に丁寧に説明する役割を果たすべきです。
薬は、単なる化学物質ではありません。患者の体に影響を与える、生き物のようなものです。その違いを、医師と薬剤師が一緒に見極める。それが、本当の意味での「患者中心の医療」なのです。
処方医のオーバーライドとは何ですか?
処方医のオーバーライドとは、医師がジェネリック薬の差し替えを禁止する法的権限のことです。医師がDAW-1コードや明確な指示を処方箋に記載すれば、薬剤師は法律上、ジェネリックに変更できません。これは、治療窓が狭い薬や、ジェネリックで不良反応を起こした患者のために設けられた安全弁です。
DAW-1コードは日本でも使われていますか?
いいえ、日本ではDAWコードという制度は存在しません。日本では、薬剤師がジェネリックを勧めることが一般的ですが、患者や医師が「ブランド薬で」と希望すれば、その場でブランド薬が処方されます。法律的に「差し替え禁止」の強制力はなく、患者の意思と医師の判断が優先されます。
ジェネリックで体調を崩した場合、どうすればいいですか?
すぐに医師に連絡し、ジェネリックでの反応を詳細に報告してください。医師は、その体験を元に、次回の処方で「ブランド薬を継続」と明確に指示します。また、薬剤師にもその事実を伝えておくと、今後の差し替えを防げます。過去の事例は、医療記録に残しておくと安心です。
医師が「差し替え禁止」と書くべき言葉は?
日本では明確なルールはありませんが、米国では「Dispense as Written」「No Substitution」「Brand Medically Necessary」などの明確な文言が使われます。日本では、「ジェネリックは使用しないでください」「この薬はブランド薬のみでお願いします」など、できるだけ明確で誤解のない言葉を書くことが推奨されます。
オーバーライドはコストが高くなるのでは?
はい、ブランド薬はジェネリックより平均で32.7%高いです。しかし、オーバーライドは、医療的必要性がある場合にのみ正当化されます。ジェネリックで入院や緊急治療が必要になると、かえって医療費は大幅に増えます。適切な判断が、長期的にはコスト削減につながります。
naotaka ikeda
ジェネリックでも効かないって、患者の体験は本当に大事だよ。薬は化学式じゃない。体が反応するんだから。
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