双極性障害の治療で、リチウム炭酸塩は70年以上にわたり信頼されてきた薬です。ジェネリック薬が広く使われるようになっても、その効果と安全性は、血中濃度に大きく左右されます。薬の名前が変わっても、血中のリチウム濃度が一定でなければ、発作が再発したり、重い副作用が出たりするリスクがあります。
なぜ血中濃度がこんなに重要なの?
リチウムは、血中濃度が0.6~1.2 mmol/Lの範囲で効果を発揮します。この幅がとても狭いのです。0.5 mmol/Lでは効きが弱く、1.5 mmol/Lを超えると吐き気、ふらつき、手の震えが起こり、2.0 mmol/L以上になるとけいれんや心臓の不整脈、昏睡に至る可能性があります。
この「治療指数が狭い」性質は、ジェネリック薬を使うときに特に注意が必要です。同じ量のリチウムを飲んでも、メーカーによって吸収の速さや体内での動きがわずかに違うのです。たとえば、あるジェネリックは1時間で血中に溶け出し、別のものは4時間かけてゆっくり吸収されます。その結果、同じ処方でも、血中濃度が10~20%も変わるケースがあります。
ジェネリックとブランド薬の違いは?
「Camcolit」「Priadel」などのブランド薬は、ゆっくり効く持続放出型(ER)が主流です。一方、ジェネリックには即効型と持続放出型の両方が存在します。日本や欧米では、持続放出型が75%以上を占めています。なぜなら、1日1~2回で済み、血中濃度の波が穏やかで、副作用が少ないからです。
しかし、2024年の研究では、同じ持続放出型でも、ブランド薬とジェネリックの間で血中濃度に有意な差が出た例があります。ある患者は、ブランド薬からジェネリックに切り替えた直後に、血中濃度が1.32 mmol/Lまで上昇。これは中毒の手前です。別の患者は、逆に濃度が下がって、うつ状態が再発しました。
FDAやEMAは、ジェネリック薬が「生物等価性」を示せば、同じ効果があると認めています。つまり、血中濃度の曲線(AUC)と最大濃度(Cmax)が、ブランド薬の80~125%の範囲内ならOKです。でも、この範囲は「平均的には同じ」ことを意味するだけで、個々の患者に同じ影響を与えるとは限りません。
血中濃度の測定は、いつ、どうやる?
血中リチウム濃度を正確に測るには、タイミングが命です。
- 即効型の場合は、最後の服用から12時間後に採血します。
- 持続放出型の場合は、最後の服用から24時間後が基準です。
このルールを守らないと、濃度が高すぎたり低すぎたりして、誤った判断をします。たとえば、朝に薬を飲んで、その日の午後に採血したら、濃度が急上昇中で「高すぎ!」と誤診される可能性があります。
安定している患者は、3~6か月に1回の採血で十分です。でも、薬を変更した直後、年齢が変わったとき、腎機能に変化があったとき、または体調が急に悪くなったときは、1週間以内に再測定が必要です。
年齢や性別で、目標値は変わる
リチウムは腎臓で排泄されます。年を取ると、腎臓の働きが弱くなるので、同じ量を飲んでも血中濃度が上がりやすくなります。
- 40歳未満:0.8~1.0 mmol/L
- 40~60歳:0.6~0.8 mmol/L
- 60歳以上:0.4~0.6 mmol/L(一部の専門家は0.5~0.7 mmol/Lを推奨)
女性は、平均して男性より体重が軽く、腎臓のクリアランスも少し低いので、同年代でも10~15%少ない量で十分な場合があります。2024年の研究では、80歳以上の患者が、30歳未満の患者より1日平均437mgも少ない量で治療されていたことが示されています。
だから、年齢や体重、性別を無視して「全員に同じ量」を処方するのは危険です。特に高齢者では、血中濃度が0.6 mmol/Lを超えると、ふらつきや記憶力低下が起きやすく、転倒リスクが高まります。
他の検査も、リチウム治療には必須
リチウムは、腎臓だけでなく、甲状腺にも影響を与えます。約10%の患者で、甲状腺機能が低下して、疲れやすくなったり、体重が増えたりします。
だから、血中濃度の測定と同時に、毎年少なくとも1回は次の検査を受けてください:
- 血清クレアチニンとeGFR(腎機能)
- 甲状腺刺激ホルモン(TSH)
- ナトリウム、カリウム(電解質バランス)
2022年のガイドラインでは、腎機能の評価に「cystatin C」を併用することを推奨しています。クレアチニンだけでは、高齢者や筋肉量の少ない人の腎機能を過大評価してしまうからです。
ジェネリックの切り替えは、必ず医師と相談
薬局で「ジェネリックに変更しました」と言われても、勝手に受け取ってはいけません。
リチウムは、他の薬と違って、薬の「形」が変わると、効き方が大きく変わるのです。たとえば、持続放出型から即効型に変われば、血中濃度が急上昇して中毒になるリスクがあります。逆に、即効型から持続放出型に変われば、効果が弱まって発作が再発する可能性があります。
2024年の研究では、ジェネリックの切り替えで、4人の患者が血中濃度が危険なレベルまで上昇した事例が報告されています。すべて、薬の種類が変わった直後に起きました。
だから、ジェネリックに変更するときは、必ず次の3つを確認してください:
- 新しい薬は「持続放出型」か「即効型」か?
- 処方量(mg)は変わらないか?
- 変更後、1~2週間以内に血中濃度を測定する予定か?
もし「薬の名前が変わったけど、量は同じ」と言われても、血中濃度を測定しない限り、安全とは言えません。
今後の方向性:個別化治療へ
リチウムの治療は、単なる「量の調整」から、徐々に「個別化」へ進んでいます。
国際リチウム遺伝子研究(ConLiGen)は、30以上の遺伝子変異が、リチウムの効きやすさや排泄速度に関係していることを特定しました。今後、遺伝子検査と腎機能、年齢、体重を組み合わせて、AIが「あなたに最適なリチウムの量」を予測する時代が来ます。
すでに、いくつかの大学病院では、電子カルテのデータをもとに、自動でリチウムの調整提案をするシステムが試験導入されています。これで、血中濃度の乱れを防ぎ、副作用を減らすことが期待されています。
しかし、その技術が広まる前に、今私たちがすべきことは、シンプルです。ジェネリックを使っているなら、血中濃度を定期的に測ること。薬が変わったら、必ず測定すること。年齢や体調に合わせて目標値を見直すこと。
リチウムは、新しい薬がたくさん出ても、まだ「最も信頼できる」治療法の一つです。でも、その信頼は、血中濃度をきちんと管理するからこそ、成り立っています。