ジェネリック医薬品が市場に登場する前に、大手製薬会社の特許を法的に争う仕組みがアメリカにはあります。それがパラグラフIV認定です。これは、単なる競争戦略ではなく、法律によって明確に定められた、特許の有効性を問うための唯一の正式な道です。この仕組みは、1984年にレーガン大統領が署名した「薬価競争と特許期間回復法」(通称:ハッチ-ワクスマン法)によって創設されました。その目的は、新薬の開発を奨励しつつ、ジェネリックの早期市場参入を可能にすること。つまり、患者が安価な薬を手にするための、法律的なブリッジです。
パラグラフIV認定とは何か
ジェネリックメーカーがFDAにANDA(Abbreviated New Drug Application)を提出するとき、特許に関する声明を4種類のうち1つとして提出しなければなりません。パラグラフIV認定は、その中で最も攻撃的な選択肢です。この認定では、ジェネリックメーカーが「対象薬の特許は無効である」「執行不能である」「自社製品の製造・販売は特許を侵害しない」と明確に主張します。これは単なる意見ではなく、法的根拠を伴った正式な通知です。
この主張は、法律上「仮想的特許侵害」として扱われます。つまり、ジェネリック製品が実際に販売される前から、特許侵害の訴訟が起こせるのです。これは、市場に出た後に「特許侵害だ!」と訴えるのではなく、事前に裁判で結論を出す仕組み。ブランドメーカーは、ジェネリックが市場に出てから損害を被るリスクを回避できます。ジェネリック側も、リスクを抱えたまま市場に飛び込むのではなく、裁判で勝てば安心して販売できるのです。
なぜこれが重要なのか
パラグラフIV認定の最大のインセンティブは、180日間の独占販売権です。最初にパラグラフIV認定を提出し、かつ訴訟に勝ったジェネリックメーカーだけが、他のすべての競合メーカーを追い抜いて、180日間独占的にそのジェネリックを販売できます。
これは莫大な経済的メリットです。たとえば、2004年にアポテックスがグリアックスのパキル製剤の特許を勝ち取ったとき、180日間の独占販売で12億ドル以上の収益を上げました。20億ドル規模のブランド薬のジェネリックであれば、180日の独占期間で5億ドル以上の利益が見込めます。一方で、訴訟コストは平均で1,270万ドル。勝てば大儲け、負ければ大損。リスクとリターンが極端に大きいのです。
他の認定と比べてどう違う
パラグラフIV以外にも、3つの認定方法があります。
- パラグラフI:「この薬には特許がない」→ 5%のANDAがこれ。リスクなし、でも競争優位なし。
- パラグラフII:「特許はすでに切れている」→ 15%のANDAがこれ。すぐ販売可能。訴訟の心配なし。
- パラグラフIII:「特許が切れるまで待つ」→ 20%のANDAがこれ。安全だが、市場参入が遅れる。
一方、パラグラフIVは、全体の60~70%を占めます。なぜこんなに多いのか? それは、特許が「弱い」可能性があるからです。ブランドメーカーが、新薬の有効成分ではなく、製剤の形や投与方法といった二次的な特許で市場を長く独占しようとする「エバーグリーン」戦略が多いため、ジェネリックメーカーはそこに隙間を見つけて攻めるのです。
どうやって挑戦するのか
パラグラフIV認定を成功させるには、いくつかの厳格なステップを踏まなければなりません。
- 詳細な法的・事実的根拠を提出:FDAに「なぜこの特許は無効か」「なぜ侵害しないか」を、論理的に説明する文書を添付しなければなりません。単に「無効だと思います」ではだめ。裁判所は「合理的な根拠があればよい」と言っていますが、実際には、専門の特許弁護士が作成した「意見書」が必要です。費用は1時間750~1,200ドル。数十時間かかるケースも珍しくありません。
- ブランドメーカーに20日以内に通知:FDAに提出したのと同時に、特許保有者に正式な通知文を送らなければなりません。この文書に不備があると、FDAは申請を却下します。2021~2022年のデータでは、12%の申請がこの理由で却下されています。
- 45日以内に訴訟が起こされる可能性:ブランドメーカーは、通知を受け取ってから45日以内に訴訟を起こせます。そうすると、FDAはジェネリックの承認を自動的に30ヶ月間停止します。この「30ヶ月停止」は、裁判が終わるまで販売を禁じる仕組みです。
- 180日独占権の獲得:最初に申請し、かつ裁判で勝てば、他のジェネリックメーカーが市場に参入するまで、180日間独占販売できます。ただし、この権利は失うことも。たとえば、30ヶ月以内に「仮承認」を得られなかった場合(テバがコパゾンで失敗した例)、独占権は自動的に無効になります。
リスクと現実の壁
パラグラフIVは、一見すると「勝てば大儲け」のように見えますが、現実は厳しいです。
まず、特許の「厚い壁」。ブランドメーカーは、1つの薬に対して複数の特許(パテントスリーブ)を重ねて申請します。製剤、用量、製造方法、配合剤……すべてに特許を張り巡らせ、ジェネリックが一つ突破しても、次々と別の特許が立ちはだかります。2018年以降、7割以上のジェネリックメーカーが、この「特許の厚さ」で苦戦していると回答しています。
次に、「ペイ・フォー・デイ」問題。ブランドメーカーがジェネリックメーカーに「訴訟をやめて、市場参入を遅らせてくれたら、金を払う」と持ちかけるケース。これは2013年の最高裁判所判決(FTC対アクタビス)で違法とされていますが、実際には、和解の形で隠れて行われています。FTCは1999~2009年の間に197件のこうした和解を確認しています。
さらに、2023年の最高裁判決(アムジェン対サノフィ)では、特許の「実施可能性」の基準が厳しくなりました。つまり、特許の範囲が広すぎると、無効になりやすくなりました。これは、ジェネリック側にとっては有利ですが、バイオ医薬品など複雑な製品では、逆に勝ちにくくなっているとも言われています。
今後の展望
2024年現在、パラグラフIV認定は依然としてジェネリック市場の中心です。FDAは年間800~1,000件のANDAを処理し、そのうち6割以上がパラグラフIVです。市場で最も売れている薬(年間10億ドル以上)の90%以上は、パラグラフIV挑戦を経てジェネリック化されています。
今後は、複雑なジェネリック(吸入剤、注射剤など)への挑戦が増えると予測されています。Evaluate Pharmaは、2023年から2028年までに、こうした複雑製品へのパラグラフIV挑戦が78%増加すると見込んでいます。
また、FDAは2023年に「オレンジブックの現代化」を実施し、不要な特許の登録を減らす方向に動いています。これは、特許スリーブを減らすための試みで、ジェネリックメーカーにとっては朗報です。
全体として、パラグラフIV認定は、医療費削減の柱として、今後も2030年までに年間1,500~2,000億ドルの医療費削減を続けると、米国議会予算局は推計しています。ジェネリックが安くなるということは、患者が薬を手に入れやすくなるということ。この仕組みがなければ、多くの人が高価な薬を手にできなかったでしょう。
なぜ日本では使えないのか
日本では、このパラグラフIV認定の仕組みは存在しません。日本では、特許が切れるまで待つのが基本。ジェネリックメーカーが特許の有効性を裁判で争うことは、法的に認められていません。これは、日本の医薬品制度が「開発者保護」を重視しているためです。アメリカのように「競争を促進」する設計にはなっていません。
そのため、日本ではジェネリックの市場参入が遅れがちで、アメリカの1/3程度のシェアしかありません。パラグラフIVのような仕組みが導入されれば、日本でも薬の価格が大きく下がる可能性があります。しかし、現在の制度では、その道は閉ざされています。
パラグラフIV認定は、誰が利用できるの?
パラグラフIV認定は、アメリカでジェネリック医薬品を販売しようとするメーカーだけが利用できます。特に、大手ジェネリックメーカー(テバ、ビアトリス、サンダース、ヒクマ、アムニールなど)が主力で、これら5社が全体の58%を占めています。中小メーカーでも可能ですが、訴訟コストとリスクが高いため、専門の特許弁護士と連携した体制が必要です。
パラグラフIV認定を出したら、必ず訴訟になるの?
いいえ、必ずではありませんが、92%のブランドメーカーが45日以内に訴訟を起こします。これは、ジェネリックが市場に出てから「特許侵害」として訴えるよりも、事前に裁判で結論を出すほうがリスクが少ないからです。訴訟が起こらなければ、FDAは通常通り承認を進めます。ただし、ブランドメーカーが訴訟を起こさない理由は、特許が明らかに無効と判断されている場合か、和解が既に成立している場合がほとんどです。
180日独占権は、必ずもらえるの?
いいえ。独占権は「最初に申請し、かつ訴訟に勝った」メーカーだけに与えられます。ただし、30ヶ月以内に「仮承認」を得られなかった、申請を取り下げた、認定内容を変更した、などの条件に該当すると、独占権は自動的に失われます。テバがコパゾンで失敗したのは、この「仮承認の遅れ」が原因でした。
パラグラフIVは、バイオ医薬品にも使えるの?
はい、ただし難しいです。バイオ医薬品(抗体薬など)は化学的構造が複雑で、特許の範囲が広く、裁判で無効にすることが極めて困難です。2023年のアムジェン対サノフィの最高裁判決で、特許の「実施可能性」の基準が厳しくなり、バイオ製品への挑戦はさらに難しくなりました。現在、バイオジェネリック(バイオシミラー)の市場参入は、パラグラフIVよりも「データ独占期間」の満了を待つ形が主流です。
パラグラフIV認定の成功事例は?
2019年のマイラン対ギリアドのケースが代表的です。ジェネリックメーカーのマイランが、HIV治療薬テノフォビルの製剤特許を無効にした結果、特許の有効期限より27ヶ月早く市場参入しました。この成功により、患者は大幅に安価な薬を手に入れることができ、医療費の削減に大きく貢献しました。このような成功は、パラグラフIVの本来の目的--「弱い特許を排除して競争を促す」--を体現しています。