線維筋痛症は、全身に広がる慢性的な痛み、ひどい疲労、眠りの乱れ、集中力の低下を引き起こす病気です。検査で異常が見つからないため、多くの人が「心の問題では?」と誤解され、孤立しがちです。しかし、これは神経の痛みの感じ方が異常に敏感になった状態で、体が壊れているわけではありません。2023年の米国関節炎財団のデータでは、アメリカだけで約400万人がこの病気を抱えており、その75~90%は女性です。日本でも同様の割合で存在し、気づかれないまま苦しんでいる人がたくさんいます。
痛みはどこから来るのか
線維筋痛症の痛みは、筋肉や関節が傷んでいるわけではありません。脳と脊髄の神経が、通常なら痛くない刺激まで「痛み」として受け取ってしまう状態です。これを「中枢性過敏」と言います。例えば、軽く触れるだけ、冷たい風が当たるだけ、長く座っているだけでも、強い痛みとして感じてしまうのです。これは「体が壊れている」のではなく、「神経のセンサーが過剰反応している」だけです。
この仕組みを理解すると、治療の方向性が変わります。薬で痛みを消そうとするのではなく、神経の反応を落ち着かせることが大切になります。米国家庭医学会(AAFP)の2023年ガイドラインでは、「薬は補助的で、運動と認知行動療法が中心」と明確にされています。多くの患者が最初に試すのは薬ですが、効果は限られています。ダルボキセチン(シンバルタ)やミルナシプラン(サベラ)といった薬は、臨床試験で30~40%の痛み軽減を示しましたが、その一方で、24%の人が吐き気を訴え、15%は体重増加やめまいを経験します。
薬は本当に必要か
線維筋痛症には、米国FDAが正式に承認した薬が3種類あります:プレガバリン(リリカ)、ダルボキセチン、ミルナシプラン。プレガバリンは、10点満点の痛みスケールで1.2~1.8点の改善をもたらします。しかし、その代償として、35%の人がめまいを、28%が体重増加を経験します。多くの患者が「薬を飲んでも変わらない」と感じるのは、この副作用のせいでもあります。
他の薬、例えばアミトリプチリン(エラビル)やサルトレシン(ゾロフト)は、処方されているものの、承認外の使い方です。これらは、痛みそのものより、睡眠や気分の安定に効果を発揮することが多いです。実際、Redditの患者コミュニティでは、「4種類の抗うつ薬を2年間試したが、痛みはほとんど変わらず、副作用で毎日がつらかった」という声がよくあります。
重要なのは、薬を「痛みを消す魔法の薬」だと思わないことです。効果があるのは、痛みの強さを10点中2~3点下げる程度。それ以上を期待すると、失望と倦怠感が増すだけです。薬は、生活の質を少しずつ上げるための「補助ツール」にすぎません。
運動が一番効く理由
「運動? 痛いのに無理だ」と思うのは当然です。しかし、2017年のコクランレビューでは、有酸素運動が、筋力トレーニングよりも痛みの軽減に優れていることが証明されています。12~16週間、週3~5回、30分程度のウォーキングや水泳を続けると、痛みスコアが20~30%改善します。
問題は「始め方」です。いきなり30分歩こうとすると、翌日は痛みが倍増します。その結果、多くの人が「運動は無理」と諦めます。正しい方法は、5~10分を週2~3回から始めること。たとえば、朝起きたら玄関まで歩く、お風呂の前に2分歩く、といった小さな行動から始めます。1週間、2週間と続けたら、次は15分に。8~12週間かけて、徐々に30分に伸ばすのがコツです。
熊本市の関節炎財団の運動プログラムでは、参加者の72%が「最初の2週間は痛みが増したが、3週目から少しずつ楽になった」と言っています。これは「痛みが増す=悪化」ではなく、「神経が慣れるまでの過程」だと理解することが大切です。痛みが強くなっても、やめずに「少し」続けることで、神経の過敏さが徐々に落ち着いていきます。
認知行動療法(CBT)の本当の力
認知行動療法(CBT)は、薬や運動と違って、体を動かすわけではありません。でも、痛みの感じ方そのものを変える力を持っています。8~12回のセッションで、痛みの強さを25~30%軽減する効果があります。
具体的には、こんなことを学びます:
- 「痛みが強い日は、何もしない」ではなく、「今日は5分だけ歩く」「今日はストレッチだけする」と、無理のない「活動の調整」の方法
- 「また痛みが出た、今日はダメだ」と自分を責めるのではなく、「今日は体が敏感になっているだけ」と、痛みを敵ではなく「信号」として見る訓練
- 「眠れない=明日もつらい」と考えるのではなく、「今日は眠れなくても、体は回復している」と、睡眠に対する不安を減らす方法
米国の患者調査では、CBTを受けた人の4.2/5の評価が得られ、「痛みのフロア(増悪)をどう乗り切るかのツールが手に入った」という声が多数あります。ただ、問題は保険がきかないこと。日本の医療保険では、CBTはほとんどカバーされていません。オンラインプログラムや、書籍を使ったセルフCBTが代替手段として広がっています。
補完療法:本当に効くのはどれか
多くの人が試すのが、ヨガ、太極拳、マッサージ、鍼灸です。2022年の調査では、57%の患者が補完療法を使っています。
効果が明確なのは、太極拳です。週2回、1時間、12~24週続けると、痛みと機能の両方が中程度に改善します。あるMyFibroTeamのユーザーは、「6か月続けて、痛みが8/10から4/10に下がり、薬の量を半分に減らした」と報告しています。
マッサージ(特に筋膜リリース)も、12回のセッションで生活の質が22%向上したという研究があります。一方、鍼灸は「本当に効くのか」が議論されています。一時的に痛みが軽くなることはありますが、偽の鍼(針を刺さない)と比べて、効果に差がないという高品質な研究もあります。
ヨガは、柔軟性より「呼吸と集中」に重点を置くタイプがおすすめです。無理に体を伸ばすのではなく、リラックスして自分の体の感覚に意識を向けることが大切です。
毎日の生活でできること
線維筋痛症との暮らしは、完治を目指すのではなく、「どう生きるか」を学ぶプロセスです。毎日の小さな習慣が、大きな変化を生みます。
- 睡眠の質を上げる:夜11時までに寝る、スマホを寝る1時間前に止める、部屋を暗く冷たく保つ
- 食事で体を整える:カフェイン、砂糖、加工食品を減らす。オメガ3脂肪酸(魚、亜麻仁油)を増やすと、炎症反応が落ち着く傾向があります
- ストレスを減らす:深呼吸、日記を書く、音楽を聴く、自然に触れる。ストレスは、痛みを1.5倍に強くする因子です
- 「今日は何をしたか」を記録する:痛みの強さ、睡眠の質、運動の時間、気分を1日1回記録する。1か月後、パターンが見えてきます
特に重要なのは、「完璧を目指さないこと」です。今日は10分しか歩けなくても、それは「成功」です。明日は20分歩けるかもしれません。焦らず、自分に合わせたペースで進むのが、長く続けるコツです。
これからの治療の見通し
2023年、米国国立衛生研究所(NIH)は、線維筋痛症の研究に1870万ドルを投じました。新しい薬の臨床試験(NBI-1117568)では、35%の痛み軽減が報告されており、今後5~10年で、より効果的な治療が登場する可能性があります。
しかし、現時点では、「薬に頼らず、自分自身の力で生活を整える」ことが、最も現実的で、最も持続可能な方法です。痛みは消えなくても、生活の質は上がります。10年前と比べて、患者の声が医療現場に届きやすくなり、理解も深まっています。あなたが今、この文章を読んでいるという事実が、変化の第一歩です。
線維筋痛症は治りますか?
現在の医学では、線維筋痛症を「治す」薬や治療法はありません。しかし、痛みをコントロールし、日常生活を楽にする方法は確実にあります。多くの患者が、運動と認知行動療法を組み合わせることで、痛みの強さを半分以下に減らし、仕事や家族との時間を再び楽しんでいます。治るのではなく、うまく付き合っていく方法を身につけることが大切です。
運動をすると痛みが増すのはなぜですか?
線維筋痛症では、神経が過敏になっているため、運動の刺激が「痛み」として強く感じられることがあります。これは、体が悪化しているわけではなく、神経が慣れていないだけです。最初の2~4週間は、痛みが一時的に増すことがよくあります。そのときの対処法は、「やめる」ではなく、「強さを減らす」ことです。歩く時間を10分から5分に減らす、水泳を軽いストレッチに変える、など、無理のないレベルで続けることがポイントです。
薬を飲まないと、痛みはコントロールできませんか?
薬に頼らずに、痛みをコントロールすることは十分可能です。実際、米国や欧州のガイドラインでは、運動と認知行動療法を「第一選択」と位置づけています。薬は補助的な役割です。薬を飲まなくても、毎日の運動、睡眠の改善、ストレス管理で、痛みの強さを30%以上下げられる人が多いです。薬をやめたいなら、医師と相談しながら、徐々に減らしていく方法もあります。
認知行動療法(CBT)はどこで受けられますか?
日本では、CBTを保険で受けられる施設は限られています。主に、大学病院の精神科や心療内科、慢性痛専門外来で提供されています。また、オンラインでCBTのプログラムを提供している団体もあります。例えば、日本慢性痛ネットワークや、米国のオンラインCBTアプリ「PainCare」の日本語版も利用可能です。書籍『痛みをやわらげる認知行動療法』(日本心理臨床学会監修)も、セルフで学ぶのに役立ちます。
線維筋痛症の患者のためのサポートグループはありますか?
はい、日本にもいくつかのサポートグループがあります。熊本市では、関節炎財団の支援で月1回の「慢性痛の集い」が開催されています。オンラインでは、LINEグループ「線維筋痛症の会」や、SNSの「#線維筋痛症」タグでつながるコミュニティがあります。患者同士の体験談を聞くことで、「自分だけじゃない」と安心でき、情報交換にもなります。孤独を感じているなら、一度参加してみてください。
次にできること
今日から、次の3つの小さな行動を始めてみてください。
- 朝起きたら、ベッドの上できつすぎないストレッチを1分する
- 痛みの強さ(0~10)と、気分(いい/普通/悪い)を、毎晩1行だけ日記に書く
- 「線維筋痛症」と検索して、信頼できる情報源(関節炎財団、厚生労働省、日本リウマチ学会)のページを1つ開く
これらの行動は、どれも1分でできます。でも、1週間続けたら、あなたは「自分自身の体を理解し始めた」ことになります。線維筋痛症との暮らしは、長い道のりです。でも、あなたは一人ではありません。少しずつ、自分に合った生き方を見つけてください。
利音 西村
あー、これ全部読んだけど、薬なんて全然効かないよね?
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