薬による精神病：症状と緊急時の対応

薬を飲んでいて、急に幻覚や妄想が現れたことはありませんか？たとえば、誰かに追われていると感じたり、誰もいない部屋で声が聞こえたり、自分の考えが外に漏れている気がする……。このような症状は、精神疾患のせいではなく、薬が原因で起きている可能性があります。これを「薬による精神病」といいます。意外かもしれませんが、処方薬や市販薬、甚至サプリメントまでが原因で起こることがあります。この状態は一時的ですが、放置すると命に関わる危険があります。正しい対応を知れば、大半のケースは数日から数週間で改善します。

薬による精神病とは何か

薬による精神病（Medication-Induced Psychotic Disorder）とは、薬の作用によって突然、現実と幻覚の区別がつかなくなる状態です。幻覚（見たり、聞こえたり、感じたりするが実際にはないもの）や妄想（現実に根拠のない強い信念、たとえば「自分を殺そうとしている人がいる」）が主な症状です。これは精神分裂病や双極性障害とは異なり、薬の影響が原因で起き、薬をやめればほとんどの場合、症状は消えます。

アメリカ精神医学会のDSM-5では、この症状が薬の摂取や離脱の直後、または1か月以内に現れる場合に「薬による精神病」と診断されます。つまり、薬をやめて1か月以上経っても症状が続くなら、別の精神疾患の可能性が高くなります。この区別が診断のカギです。

どんな薬が原因になるのか

薬による精神病を引き起こす薬は、思いのほか多くあります。以下が代表的なものですが、すべての薬が必ずしも危険というわけではありません。個人の体質や用量、既往歴によってリスクが変わります。

• 副腎皮質ホルモン（ステロイド）：高用量で使用すると、5.7％の患者で精神病症状が現れます。うつやイライラが先に出て、その後幻覚や妄想へと進むことがあります。
• 抗マラリア薬（メフロキン）：1万人に1人程度の割合で幻覚やパニック発作を引き起こすと、欧州医薬品庁が報告しています。海外旅行で使う人は特に注意が必要です。
• HIV治療薬（エファビレンツ）：約2.3％の患者で不安、うつ、幻覚が現れます。FDAはこの薬の添付文書に「精神的症状が出たら直ちに医師に連絡」と明記しています。
• 抗てんかん薬（ビガバトラン）：1.1％の患者で幻覚や妄想が報告されています。
• 抗うつ薬（SSRI/SNRI）：まれですが、特に初回投与時に不安や錯覚が現れることがあります。
• 麻薬性鎮痛薬（オピオイド）：高用量や長期使用で意識障害や妄想が起きることがあります。
• 抗ヒスタミン薬（ジフェンヒドラミン）：風邪薬や眠り薬に含まれるこの成分は、高齢者に幻覚を引き起こす原因になります。
• 覚醒剤（メチルフェニデート、アンフェタミン）：処方薬でも、過剰摂取で幻覚や被害妄想が起こります。コカインやメタンフェタミンの使用者では、90％以上が被害妄想を経験しています。

注意すべきは、LSDやマジックマッシュルームのような「幻覚作用を意図した薬」は、通常「薬による精神病」とはみなされません。なぜなら、その効果は予期されているからです。ただし、幻覚が「ハイ」が終わった後も1か月以上続くなら、それは病気と判断されます。

主な症状とその特徴

薬による精神病の症状は、人によってさまざまですが、次の5つが最もよく見られます。

1. 幻聴：誰もいないところで、自分の名前を呼ぶ声や、自分を攻撃する声が聞こえる。これは最も一般的な症状です。
2. 被害妄想：「誰かに監視されている」「毒を盛られた」「家族が別人に置き換えられた」など、現実に根拠のない強い疑い。
3. 思考の混乱：話がまとまらなくなる、急に話すのをやめる、意味のない言葉を繰り返す。
4. 現実認識の喪失：鏡に映る自分を別人だと思い込む、自分がどこにいるか分からなくなる。
5. 行動の変化：急に怒り出す、物を壊す、人を攻撃する、または逆に引きこもって動かなくなる。

これらの症状は、薬の種類によって現れ方が異なります。コカインや覚醒剤では、数分から数時間で急激に症状が現れます。一方、アルコールやベンゾジアゼピンの離脱では、数日から1週間後に現れることが多いです。ステロイドでは、最初に気分の落ち込みや不安が数日続き、その後に精神病症状が現れる「前駆症状」があります。これを知っていると、早期発見が可能になります。

誰がリスクが高いのか

誰でも薬による精神病を起こす可能性がありますが、次の条件がある人は特に注意が必要です。

• 過去に精神疾患の診断を受けたことがある人：特に統合失調症や双極性障害の既往歴がある人は、薬の影響を受けやすいです。
• 女性：男性よりリスクが高いという研究結果があります。
• 高齢者：薬の代謝が遅く、副作用が出やすい上に、複数の薬を飲んでいることが多いため、相互作用で症状が悪化します。
• アルコールや薬物依存の歴史がある人：脳がすでに損傷を受けているため、薬の影響で精神病が起こりやすくなります。
• 複数の薬を同時に服用している人：処方薬と市販薬、サプリメントの組み合わせで、予期せぬ反応が起きることがあります。

ある研究では、初めて精神病で入院した患者の74％が、過去に薬物依存の経験があったと報告されています。これは、薬物と精神病の関係が単純ではないことを示しています。

緊急時の対応：何をすればいいか

薬による精神病は、緊急事態です。本人が「自分はおかしい」と気づかないことが多いため、家族や周囲の人が行動を起こす必要があります。

1. 薬の服用をすぐにやめる：最も重要な対応です。ただし、ステロイドや抗てんかん薬など、急にやめると危険な薬もあります。医師に相談してからやめるようにしてください。
2. 医療機関に連絡する：精神科、救急外来、またはかかりつけ医に「最近、この薬を飲み始めてから幻覚が出た」と伝えてください。薬の名前と服用期間をメモして持っていきましょう。
3. 安全な環境を確保する：本人が自分や他人を傷つける可能性がある場合は、危険な物（ナイフ、薬、ガス）を手の届かない場所に移動させ、一人にしないでください。
4. 病院で治療を受ける：症状が強い場合、入院が必要です。病院では、不安を和らげる薬（抗不安薬）や、幻覚を抑える薬（非定型抗精神病薬：オランザピン、ケタイアピンなど）が使われます。ただし、これらも元の薬と相互作用する可能性があるため、慎重に選ばれます。
5. アルコールやベンゾジアゼピンの離脱の場合：これは特に危険です。突然やめると「てんかん発作」や「脳の炎症」（てんかん性脳炎）を起こすことがあります。医師の管理下で、徐々に減らす必要があります。

病院では、血液検査や脳の画像検査（CTやMRI）で、脳腫瘍や感染症、代謝異常など他の原因を除外します。薬による精神病は、他の病気の「偽装」であることも多いからです。

回復とその後のケア

薬をやめた後、症状はどのくらいで消えるのでしょうか？

• コカインや覚醒剤：24〜72時間でほとんど消えます。
• ステロイド：4〜6週間で改善します。
• 抗ヒスタミン薬や抗うつ薬：数日から1週間で落ち着きます。
• アルコール依存によるもの：長期にわたる飲酒で脳にダメージがあると、幻覚が数か月続くこともあります。これは「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」という深刻な病気の可能性もあります。

多くの場合、薬をやめれば完全に回復します。しかし、症状が1か月以上続く場合、それは「薬による精神病」ではなく、もともとあった精神疾患が表面化した可能性があります。そのため、症状が消えた後も、少なくとも3か月は精神科のフォローアップが必要です。

この時期に大切なのは、本人が「自分は大丈夫になった」と思い込んで、再発を招かないことです。薬を再開したり、新しい薬を勝手に飲み始めたりすると、再発のリスクが高まります。

予防と医師への伝え方

薬による精神病は、予防できます。次のことを心がけてください。

• 新しい薬を飲み始めたとき、家族に「幻覚や妄想が出たらすぐ連絡する」と伝えておく。
• 市販薬やサプリメントも、医師や薬剤師にすべて伝える。たとえば「眠り薬にジフェンヒドラミンが入っている」ことを知らないと、リスクを見逃します。
• 高リスク薬（ステロイド、メフロキン、エファビレンツなど）を処方されたら、「精神的症状が出る可能性がある」と説明を受けてください。FDAはこれらの薬に「患者用ガイド」を義務付けています。
• 自分や家族に精神疾患の歴史があるなら、医師に「薬の副作用に敏感です」と事前に伝える。

医師側も、新しい精神病の患者には「最近、薬を変えた？」と聞くべきです。しかし、日本の医療現場では、まだこの視点が十分に浸透していません。2019年の調査では、一般の医師の62％が「薬による精神病の診断に自信がない」と答えています。だからこそ、患者側が情報を積極的に伝えることが重要です。

まとめ：すぐに行動することが命を救う

薬による精神病は、誰にでも起こりうる、でも治る病気です。幻覚や妄想が現れたとき、「精神的に弱くなったから」と自己責任にせず、まずは「どの薬を飲んでいるか」を振り返ってください。薬のせいかもしれない、という意識を持つだけで、早期発見につながります。

薬をやめれば、ほとんどの人が元の生活に戻れます。でも、そのために必要なのは「気づく勇気」と「行動する早さ」です。家族や友人が「おかしい」と感じたら、迷わず病院へ。1日でも早く対応すれば、その人の人生は大きく変わります。