副作用報告率推定ツール
FDAによると、実際の副作用の6~10%しか報告されないと言われています。 (報告率:6-10%)
推定結果
例:報告件数が100件の場合、実際の総件数は
1,000~1,667件(6-10%報告率の範囲)
薬や医療機器が市場に出た後、本当に安全なのかどうかを確認するのは、誰の責任でしょうか?臨床試験では数百人から数千人の患者だけを対象にします。でも、実際に使うのは何百万人、場合によっては何千万人です。その中には、高齢者、妊娠中の人、複数の病気を抱える人--臨床試験では除外されていた人たちもいます。そのような人たちで初めて現れる副作用は、上市前に見つかるはずがありません。
上市後監視とは何か?
上市後監視(Post-Market Surveillance)とは、薬や医療機器が販売されたあと、どれだけ安全に使われているかを、継続的に見守る仕組みです。これは単なる「チェック」ではありません。命を守るための、リアルタイムの監視システムです。
この仕組みが本格的に導入されたのは、1960年代のサリドマイド事件がきっかけです。この薬は妊婦の吐き気を抑えるために使われましたが、赤ちゃんの四肢が異常に短くなる「海豹肢症」を引き起こしました。当時は、臨床試験でそのリスクが見逃されていたのです。それ以来、世界中の規制当局は、上市後の安全性を監視する義務を法律で定めました。
アメリカのFDA、ヨーロッパのEMA、日本のPMDAなど、すべての国で上市後監視は法律で義務付けられています。特にEUの医療機器規則(MDR)は2021年5月に改正され、医療機器の上市後監視を大幅に強化しました。薬と医療機器では、監視の方法が少し異なりますが、目的は同じです--「見逃されたリスクを見つける」ことです。
副作用は、誰がどうやって報告するの?
副作用の情報は、主に「自发報告」で集められます。医師、看護師、薬剤師が、患者で予期しない反応が起きたとき、政府のシステムに報告します。アメリカでは「MedWatch」、ヨーロッパでは「EudraVigilance」というシステムが使われています。
しかし、問題があります。この方法では、実際の副作用の6~10%しか報告されていないとFDAは推定しています。なぜでしょうか?医師は忙しくて報告する時間が取れない。患者は「これは副作用なのか?」と判断できない。そして、報告しても「何か対応されるの?」と疑問に思う人も多い。
実際、ボストンの心臓専門医、サラ・チェンさんは、新しい抗凝固薬で深刻な発疹が起きたことをMedWatchに報告しましたが、その後一切のフィードバックがありませんでした。「報告しても意味がない」と感じ、今では報告をやめています。
アクティブ監視:データからリスクを自動で見つける
ただ待つだけでは、危険な副作用が見逃され続けます。そこで登場するのが「アクティブ監視」です。
アメリカのFDAは「Sentinelイニシアチブ」というプロジェクトを2008年から進めています。これは、3億人以上のアメリカ人の電子カルテや保険請求データを、AIを使ってリアルタイムで分析するシステムです。薬を飲んだあとに、特定の病気の発症率が急に上がった--そんな異常なパターンを、アルゴリズムが自動で検出します。
たとえば、ある糖尿病薬が上市後、心不全で入院する患者が急増したとします。臨床試験ではこのリスクは見られませんでした。でも、Sentinelは、数ヶ月でこの異常を検出し、FDAはすぐに警告を出しました。このように、AIは「人間の目では見つけられない」リスクを、データの波紋から拾い上げます。
医療機器の場合、単なる副作用ではなく「故障」や「使い方のミス」が問題になります。EUのMDRでは、これを「PMCF(上市後臨床フォローアップ)」と呼び、メーカーが自ら患者を追跡して、長期間にわたる使用データを収集する義務を課しています。
薬と医療機器、監視の違い
薬は体内で化学反応を起こすので、副作用は「全身的」で、時間が経ってから現れることが多いです。一方、医療機器は「物理的な問題」が中心です。ステントが折れた、人工関節が摩耗した、インスリンポンプが誤作動した--これらは、臨床試験ではほぼ起きない「現実の使用状況」で発生します。
そのため、医療機器の上市後監視は、単なる報告だけでなく、製品の「実際の使用データ」を収集する必要があります。例えば、心臓ペースメーカーのメーカーは、全球で何万台ものデバイスのバッテリー寿命、電気信号の安定性、患者の心電図データを、クラウド経由で集めています。そのデータから、「この型番の機器は、使用3年目で故障率が1.2%上昇する」という傾向を発見し、事前にリコールを実施したケースもあります。
一方、薬の監視では、複数の薬を同時に飲んでいる患者の「薬物相互作用」が大きな課題です。臨床試験では、患者は通常1~2種類の薬しか飲んでいません。でも、現実の高齢者では、10種類以上の薬を飲んでいるのが普通です。その中で、何が副作用を引き起こしたのかを突き止めるのは、極めて難しい作業です。
なぜ、監視は遅れるのか?
ヨーロッパの病院薬剤師協会は2023年に、こう警告しました:「複雑な新薬や細胞・遺伝子治療が増えているのに、監視システムは10年前のまま」
FDAは、上市後に「追跡調査を実施するよう義務付けた」薬が、2009年から2019年までに138件あります。しかし、そのうち71件(55%)が、義務の期限を大幅に超過して実施されました。平均で3年2ヶ月も遅れたのです。
なぜ? まず、資金が足りない。次に、人手が足りない。そして、データがバラバラで、統合できない。日本の大手製薬会社の担当者は、こう話します:「上市後監視の担当部署は、社内では『余った人を置く場所』みたいに扱われている。予算は削られ、人材も育たない」
EUでは、MDRの影響で、医療機器メーカーの監視部門の仕事量が2倍に増えたのに、予算は変わらないという声が多数あります。ある品質保証担当者は、Redditでこう書き込みました:「毎日、報告書を書くだけで、睡眠時間が3時間しかない。もう限界だ」
患者ができること--報告する勇気
上市後監視は、企業や政府だけの責任ではありません。患者自身が、自分の体験を伝えることが、命を救う第一歩です。
しかし、ジョンズ・ホプキンス大学の調査では、患者の88%が、副作用を報告する方法を知りませんでした。アメリカのMedWatchは、誰でもオンラインで報告できます。日本では、厚生労働省の「医薬品副作用報告システム」があります。薬局や病院の窓口でも、報告用紙が配られています。
「ちょっとした発疹」「眠気」「胃の不快感」--これらは、軽いと見過ごされがちです。でも、同じ症状が何十人、何百人と報告されると、それは「信号」になります。1人の報告が、100人の命を救う可能性があります。
未来の上市後監視--AIと患者の声
今、上市後監視は大きく変わりつつあります。
AIは、SNSやオンラインの患者コミュニティから、副作用の情報を自動で収集しています。例えば、ある抗がん薬の投稿に「手足がしびれる」「言葉が出てこない」といったコメントが急増したとき、AIがそれを「信号」として検知し、製薬会社に警告を送るシステムが実用化されています。
さらに、患者が自分で体調を記録する「患者報告結果(PRO)」を、電子アプリでリアルタイムに送信する仕組みも広がっています。薬を飲んだあと、毎日「頭痛の度合い」「疲労感」「食欲」を1~5で選ぶだけ。そのデータが、医療機関やメーカーに集まり、副作用のパターンが見えるようになります。
2024年、EUは「MDCG 2024-1」という新しいガイドラインを出し、従来の医療機器にも、より明確な上市後監視のルールを適用しました。日本でも、2025年には、薬の上市後調査の義務化がさらに強化される見込みです。
しかし、課題は残っています。低所得国では、機能する上市後監視システムが存在しない国が72%もあります。そして、AIの検出は「偽陽性」が多く、医師が本当に危険な信号を見極めるのが難しくなっています。
安全な医療を守るのは、私たち一人ひとり
薬や医療機器は、科学の成果です。でも、その安全性は、科学だけでは保てません。人間の体は複雑で、予測できない反応が必ずあります。
上市後監視は、失敗から学ぶ仕組みです。サリドマイドの悲劇を繰り返さないために、私たちは「報告する」ことの重要性を知らなければなりません。医師は、患者の声を信じて報告する。患者は、小さな不調を無視しない。メーカーは、データを隠さない。規制当局は、遅れを許さない。
この仕組みが、本当の意味で機能する日--それは、誰もが「自分の体験が、誰かの命を救う」と信じられるときです。