製造現場で使う測定機器が正確でない場合、どんなに良い製品設計でも、最終的な製品は安全とは言えません。特に医療機器では、1ミリメートルの誤差や0.1度の温度偏差が、患者の命に直結します。そのため、校正と検証は単なる品質チェックではなく、法的義務であり、生命を守るための基盤です。
校正とは何か?なぜ必要なのか
校正とは、機器の読み取り値が正確かどうかを、国際的に認められた基準(SI単位)に照らして確認するプロセスです。例えば、ある温度計が25℃と表示しても、実際には25.5℃なら、それは誤りです。校正では、NISTやBIPMが保証する標準器を使って、その誤差を測定し、補正値を記録します。
ISO 13485:2016は、医療機器メーカーに対して明確に求めています:「すべての測定機器は、指定された間隔または使用前に校正され、国際単位系(SI)にトレーサブルな標準器を用いなければならない」。トレーサビリティとは、校正の根拠が、国家標準機関→認証校正ラボ→自社機器という連鎖で、断絶なくたどれる状態を意味します。この連鎖が途切れると、その機器のデータは法的に無効になります。
2023年のFDA警告文書分析では、37.2%が「不適切な校正」を理由に挙げられています。これは、校正を怠ると、製品リコール、生産停止、あるいは法的責任につながるリスクが高いことを示しています。
校正の具体的な要件:ISO 13485とCLIAの違い
ISO 13485:2016は、医療機器製造に特化した基準です。ここでは、校正の頻度を「メーカー推奨」または「リスク評価」に基づいて決めることが認められていますが、トレーサビリティの絶対性は一切の妥協がありません。測定不確実性は、許容公差の25%以下でなければなりません。例えば、±0.5mmの公差を持つマイクロメーターなら、校正の不確実性は±0.125mm以下でなければなりません。
一方、米国のCLIA(臨床実験室改善法)は、検査の複雑さに応じて校正要件を分けています。簡単な血糖計(ウェイドテスト)は、メーカーが校正済みであれば、自社での定期校正は不要です。しかし、高複雑度の化学分析装置では、毎日、NISTトレーサブルなコントロール材料で検証が必要です。このように、同じ「校正」という言葉でも、業界や機器の用途によって要件が大きく異なります。
検証は校正とは違う:装置が「使う目的」に合っているかを証明する
校正は「機器が正しい数値を出しているか」を確認します。しかし、検証は「その機器が、私たちのプロセスで、本当に必要な仕事をできるか」を証明します。
医療機器の製造では、検証は「IQ(設置認証)」「OQ(動作認証)」「PQ(性能認証)」の3段階で行われます。
- IQ:機器が仕様通りに設置され、環境条件(温度、湿度、電源)が適切かを確認
- OQ:機器が設計された動作範囲で正常に動作するか(例:加熱炉が120℃±2℃を安定して維持できるか)
- PQ:実際の製品を製造して、品質が仕様を満たすかを確認(例:300回の連続生産で、すべての部品が寸法公差内)
この検証プロセスは、1つの装置で25,000ドルから50万ドルのコストがかかり、18~24ヶ月かかる場合もあります。しかし、これがなければ、FDAの認可は得られません。検証が不十分だと、製品は市場に出せません。
校正間隔は「毎月」が正解ではない
多くの企業が、メーカーの推奨に従って「毎月校正」を実施しています。しかし、これは資源の無駄です。
ASQのJames Westad氏は、「安定した機器に毎月校正をかけ、環境変化を見過ごすのは、ISO 13485のリスクベースの精神に反する」と指摘します。実際、ある医療機器メーカーは、IoTセンサーで温度・振動をリアルタイム監視し、校正頻度を四半期から年1回に減らしました。その結果、コストを40%削減し、FDAの是正要求も受けませんでした。
正しいアプローチは「Method 5」です。これは、
- メーカー推奨間隔
- 過去3年間の校正データ(どれだけずれたか)
- 使用環境(高温多湿か?振動があるか?)
- 機器の重要度(製品の安全性に直結するか?)
の4つの要素を組み合わせて、個別に校正間隔を決定する方法です。この方法を導入した企業は、不適合発生率が27.4%低下しました。
環境が校正を狂わせる:最も見落とされるリスク
校正が失敗する原因の57.8%は、校正時の環境と実際の使用環境の違いです。NISTの報告によると、温度が±5℃以上変動する場所では、機器の精度が急激に低下します。
例えば、ある半導体工場では、湿度管理が不十分で、pHメーターが1ヶ月で校正外になる事例が頻発。解決策は、ISO Class 5の清浄室(85,000~120,000ドル)を設置することでした。校正は「機器」だけの問題ではなく、「環境」の問題でもあるのです。
デジタル化は救世主か?それとも新たなリスクか?
校正管理ソフト(GageList、Trescalなど)は、自動で校正スケジュールを作成し、証明書をPDFで出力し、記録をクラウドに保存します。2024年の調査では、これらのソフトを導入した企業は、監査準備にかかる時間を84時間から31時間に減らしました。
しかし、FDAは2024年、自動校正システムの44.2%が「基準器の引渡記録」を正しく残していないと警告しています。つまり、デジタル化で「記録が楽になった」つもりでも、トレーサビリティの連鎖が途切れたら、それは無意味です。
2026年12月31日までに、FDAはすべてのClass II/III医療機器メーカーに、電子記録の完全移行を義務付けます。紙の記録は、もう時代遅れです。
小規模企業の壁:コストと人材
従業員50人以下の小規模メーカーは、校正のコストが大手の22.3%高くなります。理由は、校正サービス業者との数量契約ができないからです。
さらに、専門家が足りません。ILACの2024年調査では、83.6%の校正ラボが技術者不足を訴えています。47の認証ラボが2023年に閉鎖しました。
解決策は2つあります。1つは、社内に「認定校正技術者(CCT)」を育成すること。ASQのCCT資格保持者は世界で14,327人(2024年Q2)で、非資格者より給与が22.5%高いです。もう1つは、信頼できる外部校正サービスと契約し、証明書のフォーマットを統一すること。
未来:校正は「定期的」から「継続的」へ
2024年3月、ISOはISO 13485:2016に修正案を追加しました。「AIや機械学習を使った測定システム」について、従来の校正ではなく、「継続的検証」が求められるようになったのです。
つまり、今後は「年に1回校正」ではなく、「毎日、自動で精度をチェックし、異常があれば自動でアラートを出す」システムが標準になります。NISTは、2030年までに量子校正技術で電気測定の精度を100倍に高めると予測しています。
この変化は、コストを削減するだけでなく、製品の安全性を飛躍的に高めます。しかし、そのためには、従来の「校正記録簿」から、「リアルタイム監視データ」へのマインドセットの転換が必要です。
今すぐできること:5つのアクションプラン
- すべての測定機器に一意のIDを付与し、台帳を作成する
- 各機器の「使用目的」と「許容公差」を明確にする
- 過去3年の校正データを分析し、実際の安定性を確認する
- 校正間隔を「メーカー推奨」から「Method 5」で再設計する
- 2026年までに、すべての記録を電子化するためのソフトを導入する
校正と検証は、コストではなく、投資です。適切に管理すれば、リコールのリスクを減らし、監査のストレスを減らし、患者の信頼を勝ち取ることができます。逆に、手を抜くと、1回の不適合が会社の命を奪います。
校正と検証の違いは何ですか?
校正は、機器が正しい数値を出しているかを、国際標準に照らして確認する作業です。検証は、その機器が「私たちの製造プロセスで、目的通りに機能するか」を証明する作業です。校正は「数値の正確さ」、検証は「機能の妥当性」を確認します。
校正の頻度は毎月が必須ですか?
いいえ。メーカーの推奨間隔はあくまで目安です。過去のデータと使用環境、機器の重要度を分析して、リスクベースで間隔を決定すべきです。安定した機器なら、年1回でも問題ありません。逆に、高温多湿環境では、月1回必要になることもあります。
NISTトレーサブルとは何ですか?
NIST(米国標準技術研究所)が保証する標準器から、自社の機器までの校正の連鎖が、断絶なくたどれる状態を指します。この連鎖がなければ、校正証明書は法的に無効です。日本では、JISやJCSSの認証機関がこのトレーサビリティを保証します。
校正記録はどのくらい保存すればいいですか?
FDA 21 CFR 820.180によると、製品のライフサイクル(販売終了日)から最低2年間は保存しなければなりません。医療機器の場合、製品の使用期間が10年なら、12年保存が必要です。多くの企業が、15年保存を標準にしています。
小規模企業が校正をうまく管理するには?
まず、すべての機器をリストアップし、重要度に応じて優先順位をつけてください。次に、信頼できる外部校正サービスと契約し、証明書のフォーマットを統一します。最後に、無料の校正管理テンプレート(例:ISO 13485対応)を活用して、記録を電子化しましょう。専門ソフトは必要ありません。正確な記録が、最も重要な資産です。