
フルタミドは、もはや主役ではありません。でも、現場で「今この患者さんに使うべきか」で迷う薬の代表格。効果はどの程度か、肝障害のリスクは許容できるのか、新世代アンドロゲン受容体阻害薬と比べて何が違うのか--この3点がクリアになれば、あなたの判断は迷いません。
- TL;DR
- 第一選択ではない。新規AR阻害薬(エンザルタミド、アパルタミド、ダロルタミド)やアビラテロンが標準。フルタミドは限定的に使う。
- 効果は「小さめ」。単独は推奨されず、去勢療法との併用(古典的MAB)で生存の上乗せはわずか。
- 安全性のボトルネックは肝障害。初期3カ月は特に厳密な肝機能チェックが必須。
- 出番があるのは、GnRHアゴニストのフレア対策、代替薬が使えない時、抗アンドロゲン離脱試験。
- 中止ラインは明確に。ALT/ASTが基準値の2倍超で中止検討、5倍超または黄疸なら即時永久中止。
このページを開いた読者が片付けたい用事は、おそらく次の5つ。
- 臨床効果のリアルなサイズ感を1枚絵で把握する。
- どの患者なら使えるか、誰には避けるべきかを素早く判定する。
- 安全に導入・モニタリングする手順とチェック項目を手に入れる。
- 副作用が出た時の打ち手(減量の可否、中止のタイミング)を即決できる。
- 新薬や他の第一世代抗アンドロゲンとの比較で納得して選ぶ。
フルタミドの位置づけ(2025年)とエビデンスざっくり
フルタミドは第一世代の非ステロイド性抗アンドロゲン。活性代謝物(ヒドロキシフルタミド)がアンドロゲン受容体に結合し、テストステロンの作用を競合的に阻害します。用量は通常250mgを1日3回。日本でも長年使われてきましたが、2025年の実臨床で主役は新規AR阻害薬とアビラテロンです。
エビデンスの骨子はこうです。
- 単剤療法は弱い。去勢(外科的またはGnRH製剤)に比べ、腫瘍制御も生存も劣るため推奨されません(JCO 1995-1996の比較試験群)。
- 古典的MAB(去勢+フルタミド)は、生存の上乗せが小さい。メタ解析では5年時点の生存率で約2〜5%の絶対上乗せにとどまります(Prostate Cancer Trialists’ Collaborative Group, 2000; その後のプール解析でも大勢は不変)。
- 安全性の決定的な課題は肝毒性。AST/ALT上昇は10〜40%に見られ、臨床的に問題となる肝障害はまれでも致死的になり得ます(頻度は0.1%前後と報告に幅、LiverTox・添付文書情報)。
- 新規薬との比較で効果差は歴然。mHSPC/CRPCともに、エンザルタミドなどは全生存・画像進行のハザード比で明確な優越(多くが0.55〜0.75のレンジ)。
それでもフルタミドが完全には消えない理由は、次の3つに集約できます。
- GnRHアゴニスト開始時のテストステロンフレアの緩和。開始前後1〜2週間の短期併用で症状悪化リスクを下げます(NCCN 2025)。
- 資源・コスト・併用薬の制約。新規薬が使えない、ワルファリン相互作用や中枢副作用で他剤が難しいなど、現実の壁があるケース。
- 抗アンドロゲン離脱現象の利用。第一世代抗アンドロゲン中止でPSAが一時的に下がる症例が15〜30%ほどあります(持続は数カ月程度)。
ガイドラインの立ち位置(2024-2025)をざっくりまとめると、NCCN、EAU、日本泌尿器科学会いずれも「第一選択は新規AR阻害薬やアビラテロン」。フルタミドは「限定的な場面での選択肢」または「歴史的治療」と整理されています。
治療 | 主な適応 | 主要アウトカム(概念) | 有害事象の特徴 | 使い勝手 |
---|---|---|---|---|
フルタミド(去勢+) | mHSPCの古典的MAB、GnRHフレア対策 | OS上乗せは小(5年生存絶対差2〜5%程度) | 肝障害、下痢、男性化乳房 | TID内服、肝機能モニタ必須 |
ビカルタミド(去勢+) | 同上(歴史的) | フルタミドと同等かやや良好の報告 | 肝障害は少なめ、男性化乳房 | QD内服、モニタ簡便 |
エンザルタミド(去勢+) | mHSPC/CRPC | OS・rPFSで一貫して優越(HR 0.55〜0.75) | 倦怠感、転倒、希に痙攣 | QD内服、CNS副作用に注意 |
アビラテロン+プレドニゾン(去勢+) | mHSPC/CRPC | OS・PFSで優越(HR 0.62前後) | 肝機能上昇、低K、浮腫 | 空腹時内服、ステロイド併用 |
ダロルタミド/アパルタミド(去勢+) | nmCRPC/mHSPC | OS・MFSで優越 | 発疹、甲状腺異常(アパ)、転倒低め(ダロ) | 相互作用プロファイルが比較的良好 |
数値は代表的RCTとメタ解析のレンジを要約。厳密な試験間比較はできませんが、方向性として新規薬優位は明白です(NCCN 2025、EAU 2024、JUAガイドライン 2023/2024、主要RCT報告)。

効果を最大化しリスクを最小化する使い方(手順・チェックリスト)
フルタミドを「使うならこうする」の実務的な手順を、チェックリストでまとめます。迷いを減らし、合併症の取りこぼしを防ぎます。
適応を見極める簡易アルゴリズム
- 第一選択治療が使えるか? 使えるなら新規AR阻害薬やアビラテロンを優先。
- GnRHアゴニストのフレア対策が必要? 脊椎転移や尿閉リスクが高いなら短期併用を検討。GnRHアンタゴニスト(デガレリクス、レルゴリックス)なら不要。
- 重度肝障害や活動性肝炎はないか? あるなら禁忌。基準値を少し超える軽度上昇でも慎重に。
- 下痢リスクが高い患者(炎症性腸疾患、高齢・フレイル)なら回避を検討。
- 併用薬チェック。ワルファリン、テオフィリン、CYP1A2基質は相互作用に注意。
安全な導入の7ステップ
- ベースライン評価:AST/ALT/ALP/ビリルビン、PSA、ALP(骨活性)、症状スコアを取得。必要に応じて画像評価。
- 用量とタイミング:250mgを1日3回。胃腸障害軽減のため食後が無難。GnRHアゴニストのフレア対策なら開始の1週間前から2週間後まで。
- 教育:肝障害の警告症状(倦怠感、食欲低下、暗色尿、黄疸、右上腹部痛)と、下痢対策(補水、整腸剤)を共有。飲み忘れ時の対応も説明。
- モニタ計画:2週、4週、8週、12週でAST/ALT/ビリルビンをチェック。以後は月1回〜3カ月ごと。初期3カ月は密に。
- 相互作用:ワルファリン併用時はINRを開始後数日〜1週で確認、必要なら用量調整。テオフィリンは濃度上昇に注意。
- 有害事象の初期対応:下痢は早めに整腸薬・止瀉薬、脱水回避。皮疹は抗ヒスタミンや外用ステロイド。改善しないなら休薬。
- 中止ライン:AST/ALTが基準値の2倍超で休薬・再検、5倍超または黄疸があれば即時永久中止。症状を伴う軽度上昇でも中止側に倒す。
禁忌・慎重投与の目安
- 禁忌:重度肝機能障害、原因不明の慢性肝疾患の活動期、過去にフルタミドで重篤肝障害。
- 慎重:高齢のフレイル、下痢既往、ワルファリン・テオフィリン・CYP1A2基質併用、禁煙直後(1A2変動)。
患者向けの短い説明テンプレ
この薬は男性ホルモンの効きを弱め、がんの勢いを抑える薬です。飲み始めの3カ月は肝臓に負担がかかることがあるので、血液検査でこまめに確認します。食欲がない、だるい、尿が濃い、黄疸が出たらすぐ連絡してください。下痢はよくあるので早めに相談を。飲み忘れに気づいたら、次の時間に1回分だけ飲んでください。2回分をまとめて飲まないでください。
よくある副作用の頻度感(目安)
- 下痢:10〜30%前後。多くは軽度だが、持続するなら中止も検討。
- AST/ALT上昇:10〜40%。重篤例はまれでも即対応が必要。
- 男性化乳房・乳房痛:10〜40%。疼痛が強ければ治療変更を検討。
- 発疹、倦怠感、めまい:少数だが起こり得る。
抗アンドロゲン離脱の使い方
- いつ試す? PSAが緩やかに上昇、症状軽微、他の有効薬への切替タイミングを見計らう場面。
- 期待値:PSAが30%程度低下する例が約15〜30%。効果は3〜5カ月が目安。
- 注意:離脱効果を待つ間に症状悪化のサインが出たら即座に次ラインへ。
生活アドバイス(小ワザ)
- 服薬は朝・昼・夕の食後で一定化。下痢がちなら乳製品を控えめに、こまめな水分補給。
- 市販薬の整腸剤(ビフィズス菌など)を組み合わせると耐性が上がることがある。
- 飲酒は最小限。肝機能がぶれます。

よくある疑問とケース別アドバイス(比較・FAQ・次の一手)
比較が意思決定をラクにします。ここでは、フルタミドを「敢えて使う/使わない」をスパッと仕分ける視点を並べます。
フルタミドを選びやすいケース
- GnRHアゴニストのフレア対策を短期間だけ行う(1〜2週間)。
- 新規AR阻害薬やアビラテロンが保険・在庫・相互作用で使いにくい。
- 認知機能低下やてんかん既往があり、中枢副作用の少ない選択肢がほしい。
フルタミドを避けたいケース
- ベースラインで肝機能が揺れている、慢性肝疾患を抱える。
- 重度の下痢リスクがある、脱水を起こしやすい。
- 長期コントロールが必要で、より強い生存利益が見込める薬が使える。
簡易比較(フルタミド vs ビカルタミド)
- 服用のしやすさ:フルタミドはTID、ビカルタミドはQD。アドヒアランスは後者が有利。
- 肝毒性:総じてビカルタミドの方が少ない報告が多い。
- 効果:大差はないか、ビカルタミドがわずかに良いとする報告も。いずれも新規薬には劣る。
最短ルートの選択フロー(超要約)
- 新規AR阻害薬/アビラテロンが使える→それを第一選択に。
- 使えない・短期のフレア対策が必要→フルタミドやビカルタミドを短期で。
- 長期使用を検討→ビカルタミド優先。フルタミドならモニタを厚く。
ミニFAQ
- Q. 単剤で使っていい? A. 推奨されません。去勢療法に劣ります。
- Q. 腎機能が悪い患者でも使える? A. 主要代謝は肝。腎機能低下のみなら通常用量でよいが、全身状態に注意。
- Q. ワルファリンと一緒に? A. 可能だがINR上昇リスク。開始・中止時はINRを密にチェック。
- Q. いつまで続ける? A. 効果と安全性のバランス次第。ALT/AST上昇や症状、PSA/画像で不利益が上回れば切替。
- Q. 飲み忘れたら? A. 気づいた時点で1回分のみ。次が近ければスキップ。二重投与はしない。
- Q. 下痢がつらい。 A. 早めに整腸薬・止瀉薬、補水。2〜3日で改善しない、重い腹痛や脱水があれば中止を含め医師へ連絡。
エビデンスの出典と信頼性
- Prostate Cancer Trialists’ Collaborative Group(2000)などのメタ解析:古典的MABの生存上乗せは小。
- JCO 1990年代のRCT群:フルタミド単剤は去勢に劣る。
- NCCN Prostate Cancer v.2025、EAU 2024、日本泌尿器科学会ガイドライン2023/2024:第一選択は新規薬、フレア対策での短期併用は選択肢。
- FDA/PMDA 添付文書、LiverTox:肝毒性の頻度と重症例の存在。
チェックリスト(保存版)
- 開始前:LFT基準値内? 併用薬にワルファリン/テオフィリンは? フレア対策の必要性は?
- 初期3カ月:2・4・8・12週でLFT、症状聴取(倦怠感、食欲、尿色、腹痛)。
- 合併症:ALT/AST 2倍超または症状あり→休薬・再検。5倍超/黄疸→永久中止。
- 患者教育:肝障害の警告症状、下痢対処、飲み忘れ対応。
- 切替タイミング:PSA増悪+臨床的進行、反復するLFT異常、生活の質を落とす副作用。
データのディテール(臨床像の目安)
- 効果のサイズ感:古典的MABは去勢単独に比べ、奏効やPSA反応はやや改善するが、OSの差は小。患者に説明する時は「効くが、今はもっと強い薬がある」と率直に。
- 安全性:重篤肝障害はまれでもゼロではない。初期3カ月のモニタリングの密度が、そのまま安全性に直結します。
次の一手(シナリオ別)
- 患者が下痢で生活に支障→止瀉薬と補水で48時間みて、改善なければ休薬→代替薬へ。
- PSAが微増、画像安定→離脱試験を2〜4週の短期で。効果なければ速やかに次ライン。
- INRが上がる→ワルファリン減量または頻回モニタリング。抗凝固戦略を再評価。
- 軽度AST上昇(1.5倍)症状なし→1週後再検。2倍を超えたら休薬し、代替へ。
最後にひとこと。フルタミドは「使いこなせば役立つ古い道具」。でも、いま選べる道具箱は昔よりずっと充実しています。あなたの患者にとってベストな道を、冷静なデータとシンプルな手順で選んでください。
コメントを書く