膵がんは、早期に気づきにくく、進行が速いがんの一つです。日本でも年々増加傾向にあり、2023年の死亡者数は約3万人に上ります。多くの患者が、症状が出てから数か月後にようやく診断されます。その理由は、初期のサインがほとんどが「なんとなく調子が悪い」という曖昧な感じで、風邪や胃炎、ストレスと間違われやすいからです。でも、もし次の症状が数週間以上続くなら、膵がんの可能性を疑うべきです。
見逃されがちな早期のサイン
膵がんの初期症状は、場所によって異なります。膵臓の頭部に腫瘍ができると、胆管が圧迫され、黄疸が現れます。皮膚や白目が黄色くなり、尿が濃い茶色になり、便が白っぽく油っぽくなるのが特徴です。かゆみも強く、夜に眠れないほどになることもあります。この黄疸は、70%以上の患者に見られる重要なサインです。
さらに、理由のない体重減少も非常に多い症状です。1か月で3〜5kg以上減った場合、特に食欲が落ちていないのに体重が減るなら、注意が必要です。膵臓は消化を助ける酵素を分泌しているので、がんがそれを妨げると、栄養が吸収できなくなり、体がやせていくのです。
最近、糖尿病が発覚した人も要注意です。65歳以上で、これまで血糖値が正常だった人が、急に糖尿病と診断された場合、その3〜6か月後に膵がんが見つかるケースが少なくありません。コロンビア大学の研究では、膵がん患者の80%が、がんが見つかる18か月以内に糖尿病を発症していることが確認されています。血糖値が126mg/dL以上に上がった場合、特に家族にがんの歴史があるなら、精密検査を受ける価値があります。
背中やお腹の痛みも、よくある症状です。特に、夜にひどくなる痛みや、前かがみになると少し楽になる痛みは、膵臓の位置と関係しています。この痛みは、がんが神経を圧迫しているサインです。また、35%の患者が悪心や嘔吐を経験し、45%が食欲不振を訴えています。
意外なことに、精神的な変化も早期の兆候です。2018年の研究では、膵がんの患者の33〜45%が、身体的症状が出る前から、うつや不安を感じていたことが分かっています。何となく気分が落ち込む、笑えなくなった、昔好きだったことが楽しくなくなった――そんな気持ちが続くなら、単なる「気のせい」ではなく、体のサインかもしれません。
診断の難しさと現在の方法
膵臓は、胃の後ろに深く隠れているため、触診では何もわかりません。レントゲンや一般的なエコーでも、小さな腫瘍はほとんど見えません。そのため、診断には高度な検査が必要です。
まず、CT検査が基本です。3cm以上の腫瘍は90%の確率で見つかりますが、2cm以下の小さながんは、60%しか検出できません。次に、血液検査でCA19-9という腫瘍マーカーを測ります。この値が37U/mL以上なら異常ですが、早期の膵がんでは、30〜50%の確率で正常値になることがあります。つまり、CA19-9が正常でも、がんの可能性は完全には否定できません。
正確な診断には、内視鏡超音波検査(EUS)と、その下での組織採取(生検)が不可欠です。EUSは、口から内視鏡を挿入し、膵臓のすぐ近くから超音波で観察します。この方法で、2mm以下の小さな腫瘍も見つけられ、生検の正確さは95%以上です。日本でも、がんセンターではこの検査が標準的に行われています。
しかし、一般の人へのスクリーニングはまだありません。なぜなら、膵がんの発症率は10万人あたり12.7人で、全体の患者数が少ないため、全員を検査するとコストが膨大になり、偽陽性で不安を増やすだけだからです。ただし、膵がんの家族歴がある人、BRCA2遺伝子変異がある人、慢性膵炎の患者は、50歳から毎年MRIやEUSで検査を受けるべきです。ジョンズ・ホプキンス大学では、この高リスク群の定期検査プログラムが10年以上続いています。
治療の進歩:手術から個別化医療へ
膵がんの治療で唯一、治癒の可能性があるのは、手術です。1935年に開発されたウィップル手術(膵頭十二指腸切除術)が今でも中心ですが、近年は手術の前に化学療法を行う「前向き化学療法(ネオアジュバント療法)」が主流になっています。
この方法では、まずFOLFIRINOXという4種類の薬(5-FU、レボビリン、イリノテカン、オキサリプラチン)を組み合わせた強力な化学療法を数か月間行います。2021年の臨床試験では、手術が難しいとされた腫瘍の58%が縮小し、手術が可能になりました。手術後の5年生存率は、20〜25%と、以前より大幅に向上しています。
手術ができない進行がんの場合、治療の目標は「長く生きること」です。2022年のPRODIGE 24試験では、FOLFIRINOXを投与した患者の平均生存期間が54.4か月に達しました。これは、従来のゲムシタビンによる治療(20.2か月)と比べると、2倍以上です。
さらに、遺伝子の変異に応じたターゲット療法が登場しています。BRCA1やBRCA2という遺伝子に変異がある患者には、オラパリブという薬が有効です。2019年のPOLO試験では、この薬を維持療法として使った患者は、がんの進行が7.4か月遅れました。また、ごく稀な(3〜4%)MSI-H/dMMRという遺伝子タイプの患者には、ペムブロリズマブという免疫療法が40%の反応率を示しています。
日本でも、これらの薬は保険適用されています。遺伝子検査(遺伝子パネル検査)は、治療を決める上でとても重要です。特に、家族に膵がんや乳がん、卵巣がんの歴史がある人は、早期に遺伝子検査を受けることを強くお勧めします。
未来への希望:早期発見の新技術
膵がんの5年生存率は、全体で12%ですが、がんがまだ広がっていない「局所期」で見つかった場合は、44%まで上がります。だから、早期発見が何よりの鍵です。
現在、複数の新技術が実用化の段階に来ています。ジョンズ・ホプキンス大学が開発したPancreaSeqという血液検査は、高リスク群で早期がんを95%の精度で検出できます。また、米国で進行中のDETECTA試験では、血液中のたんぱく質とがんDNAを組み合わせて分析し、85%の正確さで膵がんを特定しています。
人工知能(AI)も大きな役割を果たしています。グーグルヘルスの研究では、AIが病理標本の顕微鏡画像を解析し、膵がんの存在を99.3%の精度で見分けられることが示されました。今後、病院の病理部門でAIが補助するようになるでしょう。
さらに、腸内細菌の組成を調べて膵がんを判別する方法も、2023年の研究で80%の精度を達成しています。このように、血液・尿・便・遺伝子・AI・微生物――さまざまな情報を組み合わせて、早期発見の網を広げようとしています。
あなたができること
膵がんは、誰にでも起こる可能性があります。でも、気づけば、治る可能性は大きく変わります。
- 理由のない体重減少が続くなら、医師に相談してください。
- 急に糖尿病になったら、膵臓の検査を受けることを考えてください。
- 黄疸(皮膚や目が黄色くなる)、白っぽい便、濃い尿が続くなら、すぐに受診してください。
- 家族に膵がん、乳がん、卵巣がん、大腸がんの歴史があるなら、遺伝子カウンセリングを受けてください。
- 50歳を超えたら、定期健診で「CA19-9」と「腹部超音波」を含めるようにしましょう。
多くの患者が、最初は「胃がもたれる」「疲れやすい」「気分が落ち込む」と思って、病院を受診していません。でも、その小さなサインが、命を救う鍵になるかもしれません。気づいたとき、行動することが、最も大切な一歩です。
膵がんの早期発見は可能ですか?
はい、可能です。ただし、一般の人向けのスクリーニング検査はまだありません。高リスク群(家族歴や遺伝子変異がある人)には、MRIや内視鏡超音波検査で早期発見が可能です。また、最近開発された血液検査(例:PancreaSeq)は、高リスク群で95%の精度で早期がんを検出できます。一般の人でも、急な体重減少、黄疸、新規糖尿病の3つのサインに気づけば、早期受診で発見の可能性が高まります。
膵がんは遺伝するのですか?
約10%の膵がんは、遺伝的要因が関係しています。BRCA1、BRCA2、PALB2、Lynch症候群、家族性膵炎などの遺伝子変異を持つ人は、発症リスクが高くなります。特に、2人以上の家族に膵がんや乳がん、卵巣がん、大腸がんの歴史がある場合、遺伝カウンセリングを受けることを強く推奨します。遺伝子検査でリスクを知れば、定期的な検査で早期発見につながります。
FOLFIRINOXは副作用が強いと聞きますが、本当に安全ですか?
FOLFIRINOXは、従来の薬より効果は高いですが、副作用も強いです。白血球の減少、下痢、疲労、神経障害(手足のしびれ)がよく見られます。しかし、日本を含む多くの国で、患者の年齢や体調に合わせて用量を調整する「減量型FOLFIRINOX」が標準的になっています。70歳以上や体力が弱い人でも、副作用を抑えながら効果を得られるように、治療は個別に設計されています。医師とよく相談し、自分の体に合ったプランを選ぶことが大切です。
膵がんの治療は日本でも最新のものが受けられますか?
はい、日本では世界と同等の治療が受けられます。FOLFIRINOX、オラパリブ、ペムブロリズマブはすべて、2023年時点で日本で保険適用されています。内視鏡超音波検査(EUS)や遺伝子パネル検査も、がん指定病院で標準的に行われています。特に、東京、大阪、名古屋、福岡の大学病院では、臨床試験にも参加できる環境が整っています。最新の治療を受けるには、がん診療連携拠点病院を受診するのが最善です。
膵がんの生存率は本当に上がっているのですか?
はい、着実に上がっています。2000年には、転移した膵がんの平均生存期間は6か月でしたが、2023年現在では12〜15か月に延びています。手術可能な患者では、5年生存率が20〜25%に達しており、10年前の10%から倍増しています。これは、手術前の化学療法の導入、個別化治療、そして早期発見の技術の進歩によるものです。まだ課題は多いですが、過去よりはるかに希望が持てる時代になっています。