妊娠中にガバペンチンやプレガバリンといったガバペンチドを服用する女性が増えています。これらの薬は、神経痛、てんかん、不安障害の治療に使われ、効果が明確なため、医師の間でも広く処方されています。しかし、胎児への影響については、これまで曖昧な情報が多く、多くの妊婦や医療従事者が不安を抱えています。2020年以降の大規模研究によって、ようやく明確な証拠が出てきました。結論から言えば、ガバペンチドは重大な奇形のリスクを大幅に高めるわけではありませんが、特定の心臓異常や新生児の合併症との関連が明らかになっています。
ガバペンチドとは?どのような薬か
ガバペンチドは、ガバペンチン(ネイロンチン)とプレガバリン(リリカ)の2種類を指します。もともとはてんかんの治療薬として開発されましたが、現在では神経痛や線維筋痛症、不安症などにも広く使われています。ガバペンチンは1993年に米国FDAで承認され、プレガバリンは2004年に承認されました。どちらもGABA(ガンマアミノ酪酸)の構造に似た化合物で、神経の過剰な興奮を抑える働きがあります。
妊娠中に処方される理由の多くは、痛みの管理です。妊娠中はホルモン変化や体重増加で腰痛や坐骨神経痛が悪化し、他の鎮痛薬(例:NSAIDsやオピオイド)が使えない場合、ガバペンチドが選ばれます。2023年のデータでは、米国で妊娠中の女性の約4.2%がガバペンチンを服用しています。これは2000年の0.2%と比べて20倍以上に増えた数字です。
胎児への薬物移行はどの程度か
ガバペンチンは分子量が171.27 g/molと小さく、水に溶けやすい性質のため、胎盤を容易に通過します。2022年の研究では、胎児の脳組織にもガバペンチンが検出されたことが確認されています。母親が1日300~3600mgを服用すると、血液中の濃度は2~20μg/mLに達し、この濃度が胎児にも継続的に届きます。
プレガバリンも同様に胎盤を通過しますが、ガバペンチンより吸収が速く、半減期が長い(5~7時間対6~7時間)ため、より安定した濃度が維持されます。このため、胎児への曝露時間も長くなる可能性があります。薬が胎児に届くことは事実ですが、それが必ずしも害を意味するわけではありません。問題は「どのくらいの影響があるか」です。
重大な奇形のリスクはどれくらいか
最も信頼できる研究の一つは、2020年にPLOS Medicineに掲載されたハーバード大学とブリガム・アンド・ウィメンズ病院の研究です。この研究では、170万人以上の妊娠データを分析し、ガバペンチンの使用と胎児奇形の関連を調べました。
結果は明確でした。ガバペンチンの使用と「重大な先天性奇形」全体のリスクには、統計的に有意な関連は見られませんでした(相対リスク:1.07、95%信頼区間:0.94~1.21)。これは、リスクがほぼ変わらないことを意味します。一般的な奇形リスクは3%程度ですが、ガバペンチン使用でも3.21%とわずかに上昇したにすぎません。
しかし、一つのリスクが浮かび上がりました。それは「心臓の異常」です。特に「コンートラウンカル奇形」と呼ばれる、心臓の流出路に問題が生じるタイプの奇形で、リスクが1.4倍に上昇しました(95%信頼区間:1.02~1.93)。このリスクは、妊娠後期に継続的に服用した場合に顕著でした。1000人の妊娠で、ガバペンチン使用者では約8人、非使用者では約6人がこの異常を起こす可能性があります。これは決して高い数字ではありませんが、胎児エコーで確認できるレベルのリスクです。
新生児への影響:NICU入院のリスクが高まる
最も顕著な影響は、胎児期の曝露が新生児の健康に及ぼす影響です。2020年のNeurology誌の研究では、妊娠中ずっとガバペンチンを服用した母親の子ども61人中、23人(37.7%)が新生児集中治療室(NICU)に入院しました。一方、非使用者の201人中、わずか6人(2.9%)が入院しました。
入院の理由は、以下のような「新生児適応障害」でした:
- 震えや不機嫌
- 授乳困難(吸啜力の低下)
- 呼吸の不規則さ
- 体温調節の問題
これらは、オピオイドによる新生児禁断症状(NAS)とは異なり、より穏やかですが、それでも入院が必要なほど深刻です。NICU入院のリスクは、妊娠後期に薬を継続した場合に特に高まります。妊娠初期に服用しても、NICU入院リスクは上がらないことが複数の研究で示されています。
早産と低出生体重のリスク
ガバペンチンの使用は、早産(妊娠37週未満)のリスクを34%上昇させる可能性があります(相対リスク:1.34)。また、胎児が妊娠期間に比べて小さく育つ「小児性低出生体重」のリスクも22%上昇しました(相対リスク:1.22)。これらのリスクは、薬そのものによる直接的な影響なのか、それとも薬を必要とする母親の健康状態(慢性疼痛、うつ病、不安障害)による間接的な影響なのか、まだ明確ではありません。
しかし、研究では、母親の年齢、人種、生活習慣、合併症を統計的に補正しても、このリスクは残りました。つまり、薬の影響が一部含まれている可能性が高いのです。
胎児の脳発達への潜在的影響
2022年の中国の研究では、ラットの脳細胞を用いた実験で、ガバペンチンが神経発達に直接的な影響を与える可能性が示されました。特に、ドーパミンをつくる神経細胞(TH+ニューロン)の成長が抑制されました。神経の長さは最大で42%も短くなり、脳の発達に重要な遺伝子(Nurr1、En1、Bdnf)の発現量が50~60%も低下しました。
これらの遺伝子は、脳の運動制御や感情調整に関わっています。この実験では、人間の治療濃度(50μM)を用いており、実際の妊娠中の血中濃度とほぼ同じです。動物実験の結果が人間の胎児にそのまま当てはまるとは限りませんが、このデータは「完全に無害」と言えない根拠として重く受け止められています。
医師の対応:どのように処方すべきか
米国産婦人科医学会(ACOG)は、2020年にガイドラインを更新し、ガバペンチドの使用は「非薬物療法で効果が得られず、症状が重度の場合に限る」と明確にしています。つまり、軽い腰痛やストレスには処方すべきではありません。
日本でも、2024年以降、多くの産科クリニックが妊娠中のガバペンチド処方を慎重に見直しています。特に、妊娠初期に処方する場合、奇形リスクは低いとされるため、痛みのコントロールが優先されることがあります。しかし、妊娠後期に入ったら、薬の用量を減らす、または断薬を検討するよう指導する医師が増えています。
一方で、神経痛で毎日寝られない、歩けない、仕事もできないという女性にとって、ガバペンチンは「命の綱」です。カナダの産科医の調査では、32%の医師が「明らかなメリットがあるなら、妊娠中でも処方を継続する」と答えています。このバランスが、現代の産科医の最大の課題です。
プレガバリンとガバペンチン、どちらが安全か
プレガバリンは、ガバペンチンより薬理作用が強く、効果が早く出るため、多くの医師が「効きがいい」と感じています。しかし、安全性の面では、ガバペンチンよりもリスクが高い可能性があります。
欧州医薬品庁(EMA)は2022年、プレガバリンの妊娠中の使用について「胎児への毒性の可能性」を警告し、使用を極力避けるよう勧告しました。動物実験では、プレガバリンが胎児の神経系に深刻な影響を与えることが示されています。一方、ガバペンチンは、動物実験でも比較的温和な影響しか報告されていません。
現在、米国ではプレガバリンの妊娠中使用が急速に減少しています。2027年までに、妊娠中のプレガバリン処方は25~35%減ると予測されています。ガバペンチンは引き続き使用されますが、その使用はより厳しく制限される方向です。
今後の研究と対応
米国FDAは2024年1月、ガバペンチドメーカーに対して、妊娠中の使用に関する追跡調査を義務づけました。2027年までに、5,000件の妊娠事例を収集し、新生児の神経発達を5歳まで追跡する研究が進行中です(NCT04567891)。
この研究の結果が、今後の処方ガイドラインを大きく変える可能性があります。特に、神経発達の遅れや学習障害、ADHDとの関連が明らかになれば、妊娠中の使用はさらに制限されるでしょう。
妊婦がすべきこと:具体的な行動指針
もし現在、ガバペンチンやプレガバリンを服用していて、妊娠中または妊娠を計画しているなら、次のステップを取ってください:
- 医師と相談し、薬の必要性を再評価する
- 痛みや不安の程度を客観的に記録する(例:痛みの頻度、睡眠の質、日常生活への影響)
- 非薬物療法を試す(物理療法、認知行動療法、温熱療法、マインドフルネス)
- 妊娠初期は、薬の用量を最小限に抑える
- 妊娠後期(28週以降)は、断薬を検討する
- 胎児エコー(特に心臓の詳細検査)を受ける
- 新生児がNICUに入るリスクを事前に医療チームと話し合う
薬を急にやめることは危険です。特にてんかんの患者は、急な断薬で発作が起こる可能性があります。必ず医師と相談し、段階的に減らす計画を立ててください。
まとめ:リスクは低くても、無視できない
ガバペンチドは、重大な奇形を引き起こす薬ではありません。しかし、心臓の異常、早産、新生児の入院リスクは明らかに上昇しています。特に、妊娠後期の継続的な使用は避けたほうが安全です。
この薬は「必要最小限」「短期間」「低用量」で使うべきものです。痛みを我慢する必要はありませんが、薬に頼りすぎないことも重要です。非薬物療法と組み合わせれば、より安全に妊娠を乗り切ることができます。
今後も研究は進み、より正確な情報が得られるでしょう。そのときまで、あなたが選ぶべきは「安全な選択」ではなく、「最も適切な選択」です。
ガバペンチンを妊娠中に服用しても、赤ちゃんに障害が起こる可能性はありますか?
ガバペンチンは、重大な先天性奇形のリスクを大幅に高めるとはされていません。全体のリスクは、非服用者とほぼ同じ(3.21% vs 3.00%)です。ただし、心臓の特定の異常(コンートラウンカル奇形)のリスクがやや高まる可能性があります(0.82% vs 0.59%)。これは、胎児エコーで検出できるレベルのリスクです。
妊娠後期にガバペンチンを服用すると、赤ちゃんに何が起こりますか?
妊娠後期に服用すると、新生児がNICUに入院するリスクが高まります。37%の赤ちゃんが入院したというデータがあり、主な理由は震え、授乳困難、呼吸の不規則さなど「新生児適応障害」です。これは薬が赤ちゃんの神経系に影響を与えるためで、通常は数日で改善しますが、入院が必要になることがあります。
プレガバリンとガバペンチン、どちらが妊娠中でもっと安全ですか?
現時点の証拠では、ガバペンチンの方がプレガバリンより安全とされています。プレガバリンは動物実験で胎児の神経発達に強い影響を与えることが示されており、欧州医薬品庁は妊娠中の使用を極力避けるよう警告しています。米国でもプレガバリンの妊娠中処方は急速に減少しています。
ガバペンチンをやめるべきですか?
急にやめることは危険です。特にてんかんや重度の神経痛の患者は、断薬で症状が悪化する可能性があります。医師と相談し、妊娠初期から徐々に減らす計画を立ててください。痛みがコントロールできるなら、妊娠後期には断薬を検討するのが望ましいです。
ガバペンチン以外に、妊娠中でも使える痛み止めはありますか?
はい。アセトアミノフェン(パラセタモール)は、妊娠中でも最も安全な鎮痛薬とされています。また、物理療法、マッサージ、温熱療法、認知行動療法など非薬物療法も効果的です。重度の神経痛の場合、デュロキセチン(シンバルタ)も一部で使用されていますが、こちらも妊娠中の使用は慎重に検討が必要です。