CYP2D6超急速代謝者リスクチェック
コデインは、昔からよく使われてきた鎮痛薬やせき止めの成分です。でも、ある遺伝的特徴を持つ人にとっては、コデインが命を奪う可能性があることを知っていますか?このリスクは、薬が体でどう処理されるかを決める遺伝子、CYP2D6の働きに深く関係しています。
コデインは「無効な薬」だった
コデインそのものは、痛みを和らげる効果がほとんどありません。本当の効き目を持つのは、コデインが体の中で変化してできるモルヒネです。この変化は、肝臓にあるCYP2D6という酵素が行っています。ほとんどの人は、この酵素の働きが普通の速さで、コデインを少しずつモルヒネに変えて、安全に痛みを和らげられます。
しかし、CYP2D6遺伝子に特別な変異がある人--「超急速代謝者」--は、この酵素が異常に活発に働きます。彼らは、普通の人より3.5倍から4.5倍も速く、コデインをモルヒネに変換します。結果として、処方された量のコデインでも、血液中のモルヒネ濃度が急激に上昇し、呼吸が止まるような重篤な状態になることがあります。
子供の死亡事例が引き金になった規制
2013年、米国食品医薬品局(FDA)は、衝撃的な発表をしました。12歳以下の子供が、扁桃腺や腺様体の手術後にコデインを服用し、24人が死亡したという報告が64件もあったのです。そのうち21人は子供でした。解剖の結果、これらの子供の多くがCYP2D6の超急速代謝者であることが判明しました。
たとえば、15か月の男の子が、手術後の痛み止めとして標準的なコデインを投与され、数時間後に呼吸停止で亡くなりました。死後の遺伝子検査で、彼は超急速代謝者であることが確認されました。血液中のモルヒネ濃度は、致死レベルを大幅に超えていました。
この事例を受けて、FDAはコデインのラベルに「黒枠警告」を追加しました。これは、薬の最も重大な危険性を示す最高レベルの警告です。警告文には明確に「扁桃腺や腺様体の手術後の子供でCYP2D6超急速代謝者である場合、呼吸抑制や死亡が発生している」と記されています。
超急速代謝者とはどんな人?
CYP2D6の働きは、遺伝子のコピー数で決まります。普通の人は2つのコピー(1つずつ両親から受け継ぐ)を持ち、活動スコアは1.25~2.25です。超急速代謝者は、3つ以上の有効なコピーを持っている人です。たとえば、*1/*1xN や *2/*2xN という遺伝子型を持つ人が該当します。
活動スコアが2.25を超えると、超急速代謝者と診断されます。このグループでは、薬の推奨用量でもモルヒネが急増し、呼吸困難、意識の混濁、血圧低下、ショック、心停止などの症状が起こります。FDAが調査した15件の血液検査データでは、13件でモルヒネ濃度が治療範囲を大幅に超えていました。
この遺伝子型の分布は人種によって大きく異なります。ヨーロッパ系では3~7%、アフリカ北西部やエチオピアでは最高で29%もの人が超急速代謝者です。一方、東アジア系では1~2%と低めです。つまり、同じ薬を同じ量飲んでも、人によって生死が分かれる可能性があるのです。
なぜ他の薬でも危険?
コデインの代わりに、ヒドロコドンやオキシコドンが使われることが増えています。でも、これらもCYP2D6を使って活性代謝物(ヒドロモルフォン、オキシモルフォン)に変換されます。つまり、超急速代謝者には、これらも危険な可能性があるのです。
米国臨床薬理遺伝学実装コンソーシアム(CPIC)は2020年のガイドラインで明確に「CYP2D6活動スコアが2.25を超える人は、コデインやトラマドールを避けるべきだ」としています。代わりに推奨されるのは、CYP2D6を使わない薬です。たとえば、モルヒネ、ヒドロモルフォン、フェンタニルなどです。これらは、すでに活性形態で体内に入るため、遺伝子の違いによるリスクがありません。
遺伝子検査は現実的なのか?
コデインを処方する前に、CYP2D6の遺伝子検査をすれば、リスクを避けられます。検査は病院や専門機関で行え、結果は通常3~14日で出ます。費用は200~500ドル(約3万~7万円)で、保険適用には事前承認が必要な場合が多いです。
しかし、現実には、多くの病院でこの検査は Routine(日常的)ではありません。2022年の調査では、米国の主要な学術病院の15~20%しか、遺伝子検査を処方の流れに組み込んでいません。電子カルテにも、遺伝子情報に基づく警告機能がほとんど搭載されていません。
それでも、特に子供や、慢性疼痛で長期間薬を飲む人には、検査の価値は高いです。手術前の痛み管理や、がんの緩和ケアでは、誤った薬の選択が命に関わります。
今後の方向性
研究は進んでいます。バイエル大学では、NIHの支援を受け、2時間以内にCYP2D6の結果が出る「ポイントオブケア検査」の開発が進められています。これにより、手術直前に検査し、即座に安全な薬を選べるようになります。
一方で、コデインの将来は厳しいと見られています。セントジュード小児がん研究センターのメアリー・レリング博士は、2022年の論文で「10年以内に、コデインは歴史的な薬になるだろう」と予測しています。すでに、多くの国で小児への使用が禁止され、成人でも慎重にしか処方されなくなってきています。
あなたが気をつけるべきこと
- 子供にコデインを処方されたら、必ず医師に「CYP2D6の遺伝子型は確認しましたか?」と尋ねてください。
- 手術後の痛み止めとしてコデインが使われている場合、代わりにアセトアミノフェンやイブプロフェンなどの非オピオイド薬が安全です。
- 自分や家族が「よく眠くなる」「呼吸が浅い」「吐き気が強い」といった症状をコデイン後に経験したなら、遺伝子検査を検討してください。
- コデインの代わりに使われるトラマドールも、同様のリスクがあります。同じ注意が必要です。
- アフリカ系、中東系、地中海沿岸のルーツを持つ人は、超急速代謝者の確率が高いです。医師にそのことを伝えてください。
薬は、誰にとっても同じ効き方をするとは限りません。遺伝子の違いが、命を守るか、奪うかを分ける時代です。コデインは、かつては「安全な薬」と思われていました。でも、今や、その「安全」は、遺伝子の情報なしには保てないのです。
コデインはなぜ子供に使われなくなったの?
2013年に、12歳以下の子供がコデインを服用して呼吸停止で死亡する事例が複数報告され、FDAが警告を発表しました。その多くがCYP2D6超急速代謝者であり、標準用量でも致死的なモルヒネ濃度に達していたため、現在は12歳未満への使用が原則禁止されています。
CYP2D6の遺伝子検査はどこで受けられるの?
大病院や遺伝子検査専門機関で受けることができます。日本では、一部の大学病院や遺伝医学センターで実施されています。通常、医師の処方箋が必要で、検査キットを採血や唾液で採取し、3~14日で結果が返ってきます。保険適用は条件付きで、事前承認が必要です。
超急速代謝者でも、コデインを飲んでも大丈夫な場合はある?
いいえ、ありません。CPICやFDAは、活動スコアが2.25を超える人に対して、コデインの使用を絶対に避けるよう強く推奨しています。なぜなら、個々の反応には個人差があっても、リスクが高すぎるからです。代わりに、モルヒネやフェンタニルなど、CYP2D6を使わない薬が安全です。
コデインの代わりに使える鎮痛薬は?
非オピオイド薬(アセトアミノフェン、イブプロフェン)が第一選択です。オピオイドが必要な場合は、モルヒネ、ヒドロモルフォン、フェンタニルが推奨されます。これらはCYP2D6を使わずに作用するため、遺伝子の違いによるリスクがありません。ヒドロコドンやオキシコドンは、一部でCYP2D6を介するため、注意が必要です。
自分や家族が超急速代謝者かどうか、どうやって知るの?
遺伝子検査でしかわかりません。過去にコデインやトラマドールで異常反応(過度の眠気、呼吸が浅くなった、意識がもうろうとした)があった人は、検査を強く推奨します。また、アフリカや中東系のルーツを持つ人は、遺伝的リスクが高いので、検査を検討する価値があります。